わんにゃんバトル

 ドクター、息抜きしよう!
 その一言で執務室から連れ出されたドクターは上機嫌に尻尾を振るテキーラを伴ってロドスの長い廊下を歩いていた。
「座りっぱなしじゃ体に悪いからね。俺が秘書の時は定期的にお散歩しようよ」
「うん……それはいいんだけど」
 ぐいぐいと首の後ろを引っ張られるような感覚にドクターが時折うっ…と苦しそうな声をあげる。テキーラが言っているのはウォーキングという意味を含んだ『お散歩』なのだろう。だが今、彼はドクターのフードの後ろから伸びる黒い紐を手に持って、少し後ろを歩いている。そう、まるでペットのリードを持つかのように、ドクターの制御権を握った状態で歩いているのだ。
 ドクターはあまり細かいことに頓着しないが、流石にこの図は『逆』なのでは? と思いながら歩を進めていた。テキーラに首輪とリードをつけて、ロドスの甲板を散歩したいなどというわけではないが、ペッローである彼に首から伸びる紐を持たれているのは何となく不思議な気持ちになる。
 本人が楽しそうなので、好きなようにさせていたがこの状況をあまり他のオペレーターに見られたくないなぁとドクターはぼんやり思った。ドクターが新人にパワハラで特殊なプレイをさせている! と叫ばれたら一発で終わる。
 
 ロドスに来たばかりのテキーラは物珍しさが消えないのか、事あるごとに止まっては設備についての質問をドクターに投げかけた。その都度、首が後ろにぐんっと引っ張られるのでドクターは喉の詰まったような声を漏らすことになる。
 そろそろ首を痛めそうだな、と思っていると不意に、背後からパシンという音が聞こえた。
「うわっ」
 小さい叫びが続けて聞こえてドクターが思わず振り返ると、そこには少し驚いた表情のまま手を押さえるテキーラが居た。同時に影のような存在を傍らに感じる。このロドスで影のような、という形容詞がつく人物は限られている。案の定、ファントムがミス・クリスティーンを肩に乗せて姿を現していた。
 どうやらテキーラはミス・クリスティーンの尻尾で手を はた かれたらしい。驚いて手を離したのか、今までしっかと握っていた紐はだらんとドクターの背中に垂れ落ちていた。
 びっくりした、と呟くテキーラにミス・クリスティーンがにゃあと鳴く。
「え? いつの間に? 俺全然気づかなかった」
「ファントムは神出鬼没なんだ。基本私の後ろにいる」
 ええ!? とテキーラが声をあげる。
「今の今まで見えなかったよ」
「彼は闇に紛れるのがうまいんだ。ミス・クリスティーンもね」
 そういうレベルじゃなくない? と言うテキーラに視線を向けたまま、ミス・クリスティーンがファントムの肩からドクターの頭の上に移動した。何か言いたげな青い目をじっ……と向けられてテキーラが口ごもる。
「……もしかして俺嫌われてる?」
 うーんとドクターが首をひねった。
「彼女が尻尾を使うことなんて滅多にないから、何か気に障ることがあったのかも」

絵:ジザイさん

 なんだろう、ごめんね? と彼女に謝りながらテキーラが再びドクターの紐に手を伸ばす。
 パシン。
 今度は横から伸びてきた手に はた かれる。テキーラの手を叩き落とした後、ファントムは何事もなかったかのように前に向き直った。
 何とも言えない空気がその場に流れる。
 影のようにドクターにまとわりつく一人と一匹がその行為を嫌がっているのは明らかだった。テキーラからの無言の圧を感じたのか、ファントムが唇を開いた。
「……ドクターの自由を奪うことは 何人 なんびと たりとも許されない」
 静かに響いたその声にまるで同意するかの如くにゃあという鳴き声が続いた。
 テキーラが苦笑を浮かべる。
「ドクター。今度から散歩は二人っきりでさせて貰えないかな」
 ドクターが答えるよりも早く、ミス・クリスティーンの尻尾がだめ! と言わんばかりにテキーラの鼻先でぶんぶんと振られた。
絵:ジザイさん

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