Unhappy Christmas
ロドスに来て二ヶ月。研修を終えて後方支援エンジニア部に配属された俺は、上司に恋をしている。上司といっても直属ではない。大きな意味の上司だ。ロドスのドクター。ロドスであの人に憧れぬものはいないのではとさえ思う。
常に勝利をもたらすロドスの頭脳は影でテラの至宝とも謳われていて、エリートオペレーターたちが常に周りを固めるその様子はまさに天上人だ。だが、本人はいたって気さくで、俺たちのような末端の職員にも「いつもありがとう、お疲れ様」と声をかけてくれる。
シールドごしで少しくぐもっているが、涼やかなその声はいつだって俺の疲れを癒したし、見えずともその瞳が優しく綻んでいるのだろうということが分かった。思わず女神のような、と形容してしまうような雰囲気だ。
華奢な上に体のラインが分かり辛い服を着ているからドクターの性別を瞬時に判断することは難しい。だが、ロドス職員が見られる公式なプロファイル―それでも虫食い箇所が多いのだが―には性別:男性と記載されている。だが、俺にとっては女神に変わりない。俺の人生を意味あるものにしてくれた、素晴らしい人だ。
気持ちを自覚してからというもの、俺はドクターに関するものを片っ端から集めた。満足のいくものが手に入らなければ自分で開発した小型カメラでこっそりと撮影もした。ドクターのスケジュールを秘書の端末から抜き取り、休憩時間を全てドクターの近くで過ごすようになった。そして俺はとうとうドクターがシールドを外しているところに出くわしたのだ。話によれば、ドクターはオペレーターたちの前ではそこまで厳重に顔を隠していないらしく素顔を知っているものは多いらしい。
だが、俺がそのかんばせを見るのは初めてだった。
「あれ、君。確かエンジニア部の……」
いつもと違うクリアな声で、ドクターは俺の名前を呼んだ。そう、名前を、呼んだ。俺という「個」を認識してくれていたその感動に打ち震えながら俺は必死に頷いた。その後何を話したかなんて全く覚えていない。だがポケットの中の遠隔スイッチはひたすら連打していたから、ドクターが俺に笑いかける顔は全て完璧に撮影出来ていた。
自室に戻り、その写真を眺めていると俺の心にふつふつとある仮定が浮かび上がってくる。
ロドスには相当数の社員が在籍している。にも関わらず俺の名前を覚えていてくれたということは、ドクターも俺のことを憎からず思っているのでは?
一度、そう思い始めると止まらなくなる。恋とはそういうものだ。だから俺は勢いのままある計画を立てた。
もうすぐロドスには冬季休暇が訪れる。と言ってもロドスの後方支援部はシフト制が主な勤務体系だから、長い連休では無い。だがそれでも交代でまとまった数日の休みが取れるのだ。俺の休みは二十四、二十五と丁度、所謂「恋人たちが過ごす日」と呼ばれている二日間だった。恋人も居ないのにばっちり休みを合わせやがって、と同僚には笑われたが今思えばこれも運命だったのだろう。
俺と同じで、いつも仕事に追われているドクターにも浮いた話はひとつもない。周りを常に美しいオペレーターたちに囲まれていて男女問わず選り取りみどりだろうが、とにかくそういう噂はなかった。この二ヶ月スケジュールを把握していた俺にもよくわかる。
ドクターには恋人がいない。
もし俺を憎からず思っているなら、俺からのアプローチを待っているかも。そう思うといてもたってもいられなかった。だが、いきなり尋ねるのも野暮だろう。
不幸なことに俺は今までロマンチックなこととは無縁だったから、こういう時のスマートな誘い方が思いつかない。俺が出来るのは機械を使ったアプローチだけ。
だから、仕掛けたのだ。ドクターの執務室と寝室に俺が作り上げた超小型高性能カメラを。
執務室はともかく寝室への設置は骨が折れた。書類を偽造し、ランドリー担当に新しい空気清浄感知器だと説明してドクターの健康管理のために設置して欲しいと依頼して何とかなった。これで、二日間ドクターの様子を窺い、俺を待っていると確信を得たら部屋に向かう。
完璧だ。
全ての準備を終えた俺は胸を高鳴らせつつ、二十四日の夜を迎えた。
12/24 PM23:30
暗い部屋でヘッドフォンを付け、二枚のモニターに齧り付く俺の姿は傍から見たら異様だろう。今のところカメラから届けられる映像も音声も良好だった。とはいえ、今執務室は静かだ。シャワーを終えたドクターが軽装のまま端末を叩く音しか聞こえてこない。先程まではドクターにプレゼントを渡すオペレーターたちでごった返していたから、差がありありと伝わる。
そろそろか? と俺は緊張と興奮で脈打つ胸をぎゅっと押さえた。シャワーも浴びて、まさに俺のために準備万端にしてくれているようにしか思えない。よし……と俺は用意していたささやかなプレゼントを手に取った。そして椅子から腰を浮かしたその瞬間。
ドクターのひどく驚いた声が外しかけていたヘッドフォンから聞こえてきて、俺は慌てて座り直した。
『シルバーアッシュ……久しぶり』
隠しきれない喜色を滲ませたドクターの声。この二ヶ月でドクターのこんな声を聞いたのは初めてだった。ざわざわと胸が別の意味で高鳴る。モニターにはドクターが嬉しそうに名前コードネームを呼んだ男が映っていた。
新入りの俺は噂しか知らない、カランド貿易の社長シルバーアッシュ。よそのお偉いさんがどうしてロドスのオペレーターに? と先輩や同僚に聞いても皆肩をすくめるだけで何も分からない。謎の男。
画面越しにも分かる強者のオーラに俺は無意識に耳と尻尾を下げた。同じフェリーンでも全く違う。
『二ヶ月音沙汰が無かったから年内は会えないかと思ってたよ』
『済まない。立て込んでいた』
『それは今日ここに来るために頑張ってた、ってことでいいのかな?』
『私に言わせるのか?』
ふふ、と柔らかく笑うドクターの声が耳に張り付く。心臓がドッドッと脈打ち、脂汗が俺の顔をつたった。声だけでこの二人が浅からぬ仲であることが分かる。
『いい匂いだ。お前も期待して待っていたのでは?』
『君だって髪の先がまだ濡れてる。また飛行装置の中でシャワー浴びてきたんだろ……んっ、ふ……』
夜にふさわしい、淫靡な水音が耳に届いた。シルバーアッシュの影になって丁度見えないが察するに、深い、恋人同士のキスをしているのだろう。明らかになった事実に激しく打ちのめされながらも俺はモニターから目が離せなかった。
『ア゛っ、んぐっ、う゛っ、』
『すっかり淑やかな穴になってしまったな。私がいない間、玩具で遊ばなかったのか?』
『んぁ、っひ、……ンッ、ンッ……、あそん、でたけど……アッ!』
寝室に移動した二人は寝台にもつれ込み、あっという間に激しく交わり合った。二ヶ月ぶり、という言葉が俺の脳内を駆け巡る。
寝室のカメラも状態は良好で、更に執務室よりも狭い分よりリアルに音を拾っていた。グチュグチュという淫水が混ざり合い跳ねる音、肌と肌がぶつかる音、ドクターがシーツを蹴る衣擦れの音、その合間に発せられる聞いてるだけで達してしまいそうなドクターの喘ぎ声。
今まで数々のウラモノAVを見てきた俺でも、ここまで激しいセックスは見たことがない。
『あのおもちゃじゃ、奥は届かない、だろ、っ、んっ♡ 君の、じゃなきゃ、ァ……♡』
『私を象ったものを渡したのだから、届くだろう? 使い方が悪いのではないか』
『うそっ、絶対……、微妙に長さ、あっ、足りない、って……! アッ♡ ア゛ッ♡ そこぉ♡♡』
ぐん、と深く腰が突き入れられる。イイところを擦ってもらえたのか、ひんひんとドクターが悦びに啼いた。そんな深いところにドクターのイイところはあるのか。男が後ろで快楽を得るのはもっと手前だと思っていた俺は血走った目でその動きを見つめた。
『ここに、届かなかったのか?』
こくこくと律動と共にドクターの頭が揺れる。低音の、男の俺が聞いても艶やかと思う笑い声をマイクが丁寧に拾った。
『ふ……、それは可哀想なことをした』
『思ってない、だろ、アッ♡ ぜったい、わざとな、くせに、ぃっ、ア゛ア゛ーーッ♡♡』
ピン、とドクターのほっそりとした脚が強ばった。それと同時にぶわりと品のいいまだら模様の尻尾が膨らむ。
フェリーンの俺には分かる。絶頂の瞬間だ。
『アッ♡ すご、……ん、ンッ♡』
射精の勢いを受けてドクターの体がまるで打ち上げられた鱗獣のように跳ねる。深く口付けあいながらぴったりと体を重ねる二人。
そこには勿論、俺が入り込むような隙間なんて一ミリもなかった。
「はぁ、っ、ん、どうしたんだよ、そんな棚なんか見て……、」
中に熱を受け自身も絶頂を迎えたドクターが、余韻に震えながら恋人に尋ねる。シルバーアッシュの怜悧な瞳は、部屋の隅を見つめていた。
「……折角の夜だからな」
そう言ってシルバーアッシュは立ち上がり、隅の棚に近付いた。そして細い隙間に長い指を差し込むと、何かを勢いよく引き剥がす。
指の間に収まる薄型のそれは、傍目にはまるで硬貨にしか見えない。だがシルバーアッシュにはそれが、音も動画も不備なく撮影者に届ける録画機器であるとわかっていた。
「不埒者にも等しくプレゼントを与えてやるべきだろう?」
未だに通信を続けているその機器に何ごとかを小さく囁くと、役目を終えたそれはパキンと音を立ててシルバーアッシュの指の間で弾けた。
「……不埒者? よく分かんないけど、寒いから早く戻って来てくれる?」
「すぐに暖めてやるとも」
上機嫌に揺れる尻尾が再びドクターの脚に絡む。上質な毛布を掛けてもらったような気分になって、ドクターがクスクスと笑った。
そうして二人はまたベッドの上でぴったりと、ひとつの塊になったのだった。
「……なんだよ、『メリークリスマス』って」
当てつけの囁きを最後に、寝室を映していたモニターは『No Signal』の表示になった。程なくして執務室の方も同じ状態になるだろう。
俺はプレゼントをゴミ箱に放ると、なんとも言えない気分のまま仕事用の端末を手に取った。数コールで勤務中の先輩に繋がる。
「あー、はい、俺です。あのー、明日休みの予定だったんですけど、働きたい気分なので出てもいいっすか……」
俺の雰囲気から何かを察したのか、空虚な部屋に先輩の笑い声が長く、高らかに響いた。
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