B4-D倉庫:使用中
『仮眠室001』。そのプレートを見ると俺はドキッとする体になってしまった。一見すればまるで倉庫の入口のような無骨なドアが壁一面に並んでいる廊下。それらをなるべく視界に入れないよう、早足で廊下を進む。
ここはただの何の変哲もない仮眠室の筈だった。俺もよく利用していた、ごく普通の、仮眠室だったのだ。この間までは。
仮眠室をそれ以外の用途で使うやつなんてそうそういない。なにせ、ロドスに籍を置いているものはほとんどが個室持ちだ。だからわざわざこんなリスキーな場所でことに及ぶ必要などない。ないはずなのだ本来は。だからそんな不届き者と出くわしたら俺はきっと壁を叩いてこう言ってやるだろう。「部屋でやれ!」と。
だが、その不届き者が自分の上司だったら? いや、もし主任がそんなことやってたとしても俺は、後日部下としてきっちり苦言を呈す。でも、先日俺が仮眠室で遭遇したのは、このロドスの最高責任者の一人であり、至高の戦術指揮官と名高い「ドクター」だった。頭の足りないやつじゃない、むしろ頭がありすぎるタイプの人だ。そんな賢い人がなんでこんなところであんな……。
くそ、またあの日のことを考えちまってる。閉じた扉の向こうから今にも、あの、叫びにも似た喘ぎが聞こえてきそうだ。俺は雑念を振るい落とすように頭を振ってから、速度を段々と上げ、ついには駆け出した。廊下は走るな? 仮眠室でヤるよりはマシだと思うね!
「そんな急いで休憩から戻ってこなくても」
少し息を切らして持ち場に戻った俺を見て同僚が笑った。
「いや、早く確認したいことがあって」
「仕事熱心なことで。主任が居ない時にやったって査定には影響しないぞ?」
はは、と俺は適当な笑いで誤魔化した。買ってきたばかりのコーヒー缶をプシュッと開ける。少し息を整えてから口をつけると安っぽい苦みが口の中に広がった。
「そういえばさ、このフロアにある仮眠室なんだが……」
俺は飲んでいたコーヒーを勢いよく噴き出した。電子機器にかけないようすんでのところで横を向いたのは日頃の意識の賜物だろう。
「おいおい、大丈夫かよ。駆け付け一杯でコーヒーなんて飲むから……」
そうじゃない。お前が言った単語が原因だ。だが勿論そんなことは言えない。コイツの口癖は「なんで?」と「どうして?」なのだ。しかもそれにちゃんと答えないとフォルテの重い拳が飛んでくる。
「悪い……それで、仮眠室がなんだって?」
「一斉点検が入るらしいから、今日から三日間は使えないって連絡が来てた。お前結構使ってただろ? 自室が遠いからって」
ああ。だが、今は使っていない。仮眠室のある廊下を通るのだって一苦労だというのに、使えるわけがない。仮眠どころではなくなってしまう。だから遠くてもわざわざ自室に戻って休むようになった。でもそれを伝えたらまた面倒くさいことになる。だから俺はただ頷くだけに留めた。
「それと……」
まだ何かあるのか。だがもうそうそう驚くような情報はないだろう。俺は気を取り直してコーヒーを口にした。
「お前の午後の業務、変更連絡が来てた。B4倉庫にある監視カメラの修理だって」
俺はもう一度コーヒーを噴き出した。今度は少しモニターにかかってしまったが、仕方ない。
「は?!」
「B4のD倉庫だけ、ちょっと前からモニターに映らなかっただろ? 報告は上げてたんだけど、そもそもあまり使わないところだから後回しでいいって話だったんだが……ま、今日は午後来客の予定もないし暇だからだろうな」
そう言って手渡されたプリント。そこには確かに、変更の二文字が見えた。
「こっちを先に言えよ!」
「お前早く帰ってきたし、午後の業務開始までまだ余裕あるだろ。そんな怒るなって」
「B4行きのエレベーターは台数が少ないんだ!」
倉庫までの最短コースを脳内で組み立てながら、作業着と工具箱を引っ掴む。クソ真面目ちゃんがんばれ、という舐めた激励を背中で聞いて俺は部屋を後にした。
俺の仕事はモニターの監視だけじゃない。主任レベルになると優雅に画面を見ているだけでいいが、下っ端の俺の業務にはカメラの整備点検も含まれている。とはいえロドスは広い。設置されているカメラの数だって馬鹿にならないので、監視チームの管轄もエリアごとに分けられている。
そして今回言い渡されたロドスの最地下、B4Fは俺たちのチームの管轄だ。ここはまだあちこち工事中な上、工事自体保留にされているせいもあって人の出入りが少ない。噂ではドクターがこの階に何か新しい施設を作ろうとしているらしいが、未だに詳細が上がってきていないので進行度合いはお察しだ。
そのため現在このフロアは、工事のために先だって作られた倉庫部屋だけがいくつか稼働している状態だった。特に俺が向かっているD倉庫はドクターの私物保管庫と化しているらしい。謎が多いドクターの私物保管庫。そこの監視カメラの修理を後回しにする意味が正直分からない。もっと厳重に見張るべきなのでは?
いや、これ以上考えるのはよそう。そもそもあの一件以来俺はドクターのことをあまり考えないようにしてきたのだ。だって、衝撃的にもほどがあるだろ。あのミステリアスなドクターがまさか、オペレーターの、シルバーアッシュとあんな激しいセックスをする仲なんて。
ああ、いやだ。結局またドクターのことを考えている。さっさと直して戻ろう。明日は休みだし、仕事を終えたらぱーっと酒を飲んでリセットしよう。強引に気持ちを切り替えた俺はプリントに記載されたパスワードを入力して中に入った。D倉庫は倉庫と言うよりはまるで田舎の小さな本屋だった。書棚が奥まで並べられており、その全てに本が敷き詰められている。見る限りジャンルも様々だ。ドクターの蔵書なのだろう。研究で使ったヤバいものが散らばっていたらどうしようかと思ったが杞憂だったらしい。確か、奥の壁側に制御パネルがあるはずだ。俺は少し埃っぽい棚の間を通って目当ての場所へとまっすぐ向かった。
パネルを開けてみるが特に配線に問題はなさそうだった。劣化も見当たらないし接触の不具合でもなさそうだ。俺は首を捻った。となるとカメラそのものになにか原因が?
ぐるりと部屋を見回す。天井まで書棚があるせいで見通しは悪い。が、倉庫の構造はどこも同じだ。直ぐにカメラは見つかった。部屋の角。天井から
「いっそ全とっかえレベルで壊れてくれてたらいいんだが」
そうぼやきながら、カメラの方へ向かおうと腰を上げたその時。倉庫の扉が静かに開いた。別に悪いことをしているわけではないのに、俺はなんとなく反射的に息をひそめた。書棚の隙間からそっと入り口に視線を向ける。
「ん……う、エンシオ……鍵閉めてくれ」
「ああ」
熱烈にキスを交わしながら室内になだれ込んで来たのは、俺が今一番視界に入れたくない二人だった。まさかそんな。こんな偶然が二度もあるなんて。俺は呪われてるに違いない。
咳ばらいをして、第三者の存在をアピールするなら今しかないだろう。だが、俺が一瞬躊躇っている間にドクターは性急にジャケットとスラックスを脱ぎ落してしまった。こうなっては声をかけづらい。透け感のある白衣の向こうに細くて青白い脚が見える。俺は石像のように固まった。
「なあ、準備はしてあるんだ。時間、かけなくていいから……」
ドクターはドア横の壁に手をついて背後に立った男を振り返った。細い腰が控えめに揺れる。拙い動きで必死に雄を誘っているが、デカいフェリーンは長い尾をゆらりと動かすだけだ。それに焦れたのか白衣がもう一度はためいた。黒いスラックスに小さな尻がすり寄っていく。前ファスナーに沿って下から上へと尻が動いた。まるで中にしまわれているものを誘い出すような動き。さっきの拙い誘いとは打って変わった直接的な誘いだ。そんないやらしい誘い方を、あのドクターがするなんて。だがそれすらもシルバーアッシュは低い笑い声でいなすと、手袋のついた手でするりとドクターの尻を撫でた。
「行儀が悪いぞ」
「……ん、は、そんなこと言って、君だってもうガチガチじゃないか」
「こんなところで、お前を抱きたくないのだが」
「初めてじゃない癖に。前にここを使った時、派手にカメラを壊したのは誰だよ」
「撮られるわけにいかないとぐずったのはお前だ」
恋人同士の言葉の応酬で俺ははっとした。あのカメラの損傷具合。もしやシルバーアッシュがいつも持っているあの杖で突いたのではないか? ヒビの形状と合致する。だとしたらきっと全とっかえコースだ。
「頼む、部屋まで我慢できないんだ。君の匂い嗅いだらたまらなくて」
俺は喉の奥で小さな叫びを飲み込んだ。ファスナーが下ろされるジジ……という音と共に出てきた凶器。それは男が見たら畏怖と尊敬に値するレベルのものだったからだ。大浴場で見た同僚や友人たちのそれとは一線を画している。大型のフェリーンともなるとクランタに負けないサイズなのだなという知見を得てしまった。今度の飲み会のネタに使わせてもらおう。
室内に濃いフェロモンの匂いが充満する。換気システムが作動していてこれとは。全てが規格外の男なのだ。シルバーアッシュという男は。
「ん、ゴム、いい。いいから、はやく、君のそれで中を擦ってくれ……」
「また私の来訪に合わせて理性回復剤を多用したな?」
そう言いながらシルバーアッシュは、尻にかかっている薄っぺらい白衣を捲った。凶悪な見た目のブツを青白い狭間に何度か擦り付ける。それが往復するたび、ドクターの背中と脚がぶるりと震えた。ここまできて焦らすとは、この男どうやらかなり人が悪いらしい。
「えんしおぉ……はやく、欲しい」
「いつか素面のお前にそうねだられてみたいものだな」
もうこうなったら早く始めて終わらせてくれ。ドクターも俺も限界だ。その願いが届いたのか、程なくして部屋にドクターの叫びが響いた。目を離した一瞬の間に、あの長大なブツがドクターの体に埋まったようだ。
「ア゛―――っ♡♡」
「ぐずぐずではないか。準備と称して随分と遊んだのではないか?」
「アっ、んん♡ ちが……♡♡」
「否定は無意味だ。お前の
まるで返事のようにか細い啼き声が上がる。だがドクターは左右に頭を振っていた。あくまでも違う、と言いたいらしい。
「あ゛っ、ぅぐっ、ひぃっ♡♡ やぁ……!」
途端に叫びが大きく、激しくなった。部屋に響く水音も凄い。まるでたまに夜のお供にする卑猥な映像作品並だ。
「ああ―――っ! むり、だめ、それ以上深、っ、ん゛っ♡」
「お前が頼んだのだろう? 存分に擦ってやる」
「そ、こは、う゛っ、たくさん、擦っちゃ、だめ♡ 死ぬ……しんじゃうぅ~~~ッ♡♡」
「ああ、やはりお前の奥は心地がいいな」
「ひっ♡♡ ひぐっ♡♡ 死ぬ、止まって、えんしお、とまっ……ひあっ♡♡」
ああ、そうだ。前回もこうだった。壁を隔ててたからここまでの臨場感はなかったにしろ、あの時もドクターはまるで殺されてしまうのではとこちらが不安になるほど叫んでいたのだ。いや、でもこれはどう聞いても心配になるだろう。俺は細心の注意を払って目の前の書棚からそうっと本を一冊抜き取った。隙間が増えて、向こう側が更に見やすくなる。これは、部下として上司の安全を確認しているだけ……不埒な思いはない。そう心の中で言い訳をしながら、視線を送る。見ない方がいいという頭の声は無視した。
結果、俺の網膜には上司の尻をとんでもない太さのブツが出入りしている光景が焼き付いてしまった。見ているのがバレたら、殺されるんだろうか。あの、カメラみたいに、目を潰されたらどうしよう。だが、目が離せない。
俺は暫くの間瞬きを忘れてその淫靡な光景に魅入っていた。
「アア――――っっ♡♡♡」
程なくして、絶叫と共にびくんびくん、とドクターが一際大きく痙攣した。シルバーアッシュの腰も震えている。ごくり、と思わず俺は喉を鳴らした。脂汗がすごい。鼻息が聞こえていないことを祈る。
「……せめて執務室まで我慢出来るよう躾なければな」
手早く衣服を直し、崩れ落ちたドクターを抱えあげると、シルバーアッシュが掠れた声でそう呟いた。ああ、是非そうしてくれ。これ以上俺みたいな哀れな職員を増やさないためにも。
事後の色気を微かに纏いながらシルバーアッシュはそのまま、倉庫から出ていった。ドアが静かに閉じる。ようやく一人になった俺は張り詰めていた息を吐きだした。そしてふと、視線を下に向ける。ああ、くそ。カメラを交換する前にやることが一つ増えた。最悪だ。
足元の工具を蹴り飛ばして、俺はもう一度大きい溜息をついたのだった。
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