Reserved seat

「おめでとう」
 入室そうそう花束と共に言われた言葉にドクターは、ん?と首を傾げた。時間と場所しか書かれていない招待状。微かに薫った香水が来訪も突然なら呼びつけるのも突然な男をドクターに想起させた。苦笑しながら外出予定をスケジュールに組み込み、書類仕事をいつもより適当に片付けて、いざ来てみたところ、この出迎えである。
「私、今日誕生日だっけ?」
 自分のことにはとんと無頓着になるドクターは、冗談でも煽りでもなくごく自然な疑問としてそう口にした。ドクターがそういうタイプの人間であるとよくよく理解している賢い男は、形のいい唇から小さな息を零すとメッセージカードがよく見えるように花束を傾ける。
「……三周年。ああ…!」
「ある意味ロドスの誕生祝いとも言えるが」
「正確にはロドスの活動が軌道に乗って三年か」
「もしくはお前が目覚めた記念日にでもしておくか?」
 はは、と笑いながらドクターはクーリエの誘導に従って部屋の中央に進んだ。机の上の美味しそうなケーキにも同じようなメッセージカードが乗っている。丁寧なことだ。
 視界の端でシルバーアッシュがソファに腰を下ろした。長い脚を組んで、ロドスではあまり見ることの出来ないリラックスした雰囲気を出しながらドクターを手招く。
「この時間、この場所に一人で来い、なんてメッセージ。送り主が君じゃなかったら一個小隊引き連れてこなきゃいけないとこだったよ」
「名を書かずとも送り主が私だと分かったのなら、私たちの関係はただのビジネスパートナーから少し変化したと言えるな」
「さあ、どうだろうね。えっ、私の席ここ? あのスツールじゃなくて?」
「あれはこれから来るロドスのCEOのためのものだからな」
 ここまでしっかりお膳立てしただけあって、流石にアーミヤも呼ばれているんだな、とドクターは密かに安心した。ロドスとカランドの関係は他の協力企業とは一線を画している。企業対企業というよりも個人間の関係なのだ。目の前で優雅に手招きをするカランド貿易社長と自分との。だからロドスを祝うと言いつつ彼が自分しか呼ばない可能性は大いにあった。だが、どうやら今回は違ったらしい。
「このソファ三人がけだろ? 君が奥につめてくれればアーミヤと私が隣合って座れるんだが」
 来賓が言うことではないのは重々承知だったが、なんとなく彼の思惑通りに進むのが癪でドクターはそう言った。質の良さそうな三人用のソファには背もたれにいつも彼が身につけているマントがかかっている。他意は無いのだろう。だがドクターにはなんとなく、男が己のテリトリーに自分を招き入れているような気がしたのだ。
 ドクターの反抗にシルバーアッシュは片眉を上げた。室内にいたカランド貿易の面々も少し空気を変える。
「悪いな。この席はこう使う」
 そう言うとシルバーアッシュは先程の花束をそっとそこへ置いた。花束に席を与えて強引に退路をたった男に背後のノーシスが静かに目を閉じる。あれが彼なりの微笑みであることに気付いたのは最近だ。
 ドクターはやれやれと首を振った。ここまでされては敵わない。
「分かった。カランド貿易社長の隣に座らさせて頂くよ」
 そう言って腰を下ろすとシルバーアッシュが満足気に笑んだ。
「アーミヤにも招待状送ってたんだな。知ってたら二人で一緒に来たのに」
「そうならないように彼女の方には一時間ずらした時間で送った」
 えっ、とドクターが隣の男を見上げる。
「先程、彼女の護衛代わりのトランスポーターから連絡があった。仕事がおしていて三十分遅れるらしい」
「三十分……」
 ということはつまり……
「一時間半、ゆっくりと親交を深めようではないか。我が盟友よ」
 フェイスシールド越しでもシルバーアッシュが獰猛な笑みを浮かべたのがはっきりと見える。ドクターはやはりここに腰を下ろしたのは間違いだったと後悔したのだった。

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

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