ペナルティ・タイム
「暇つぶしならいい方があるが、試してみるか?」
次のブリーフィングまで時間がある、とこぼしたドクターにエンシオディスがそう言った。いつもの不敵な笑み付きで。
「……って結局いつものチェスセットじゃないか」
執務室のコーヒーテーブルに置かれたものは見慣れたテーブルゲーム。それをエンシオディスが慣れた手つきで広げる。
「普通に勝負するのも飽いただろう」
「まさか罰ゲーム付きの勝負、なんて俗っぽいこと君は言わないよな?」
「そもそも勝負ごとには勝者に報酬があってしかるべきだと思うが」
本気か? とドクターは目の前の男を見やった。銀毛の長い尾はゆらゆらと揺れている。ああ、これはもう遊びを楽しむつもりの動きだ。
「それともドクター、まさか自信がないのか」
おまけの分かりやすい煽り。ドクターはふん、と鼻を鳴らした。
「君に負けたことないし」
「私もそろそろ引き分け以外の結果を出したいものだ」
「いつになるかな」
「それが今日かもしれないぞ?」
やけに今日は挑戦的だな、と思いながらドクターはどかっと執務室のソファに座った。フェイスシールドを取って横に放る。視界をクリアにしたのは勝負に集中するためだ。この状態でエンシオディスに引き分けたことはない。つまり、「自分は本気である」というアピールだ。
「じゃあ私が勝ったら、今日これ以降語尾に「にゃん」をつけて会話すること」
「……ブリーフィング中もか」
勿論、とドクターは頷いた。今日のメンバーにはカランド陣営のオペレーターが多いことはついさっき彼に話した。つまり彼が負けたら身内の前でだいぶ恥ずかしい思いをすることになるだろう。罰ゲームとしての威力はなかなかだ。
「それで君は私に何を課す?」
そうだな……と呟きながらエンシオディスは長い脚を組み替えた。
「今夜お前を抱くつもりだが……」
思わずドクターは飲んでいたコーヒーを噴き出しかけた。
「えっ」
「駄目だったか?」
「その聞き方は、ズルいだろ」
ドクターは口元をもごもごさせた。
「そ、それで?」
「今夜、ベッドの上で素直になること」
「……もう少し具体的に」
「私にどこを弄られたら気持ちがいいのか教えてくれ」
ぐっ、とドクターは顔をしかめた。この男と体を重ねる関係になってだいぶたったものの、未だに艶っぽい話題に慣れない。おそらくもう既にエンシオディスの作戦はスタートしているのだ。ここで動揺させて、こちらの頭を鈍らせる算段なのだろう。その手には乗らない、という気持ちを込めてドクターはエンシオディスの整った顔面を見つめた。
「絶対、にゃん、て鳴かせてやる」
「今夜のことを思うと胸が高鳴るな」
テンジンが部屋の端ではっ、と頭をもたげた。生き物としての本能が二人の間に走った電流を感じ取ったのかもしれない。唯一の観客の前で、ドクターとエンシオディスの勝負は静かに、だが確かな熱を持って始まったのだった。
ブリーフィングに遅れては元も子もない、ということからエンシオディスは早指し戦を提案した。他のオペレーターと遊ぶときに何度かやったことはあるが、エンシオディスとは初めてだ。これもおそらく、貪欲に勝ちを狙うための作戦なのだろう。
早指しと言えども、序盤はいつもの形に展開出来た。だが、ドクターは勘づいていた。おそらくエンシオディスはわざと自分がやりやすいいつもの盤面に誘導している。気持ちよく打たせて油断したところに何か仕掛けようとしているのだ。
(爪が見えているぞ、領主様)
どうにも今日の彼は「絶対に勝ちたい」という気持ちが透けて見えている。罰ゲームが嫌というよりも、勝って己の願いを叶えたいのだろう。
「そんなに素直な私が見たいのか?」
コトン、と駒を置きながらドクターが問うた。カシャン、というチェスクロックの音が続く。
「恋人の色々な面を見たいのは普通のことだろう。普段の恥じらいながら強情を張るお前も愛らしいが」
「……どうも」
「理性回復剤を多用した後はある意味素直だが、素面のお前の言葉を聞きたくてな」
「まぁ、いつかは聞かせてあげるよ」
言葉と駒の応酬を重ねる。スピード感のある勝負は技術よりも直観力、感性、反射神経などが肝になってくるが、互いに一歩も譲らず戦いを進める。素直な自分が見たい、とエンシオディスは言うがそういう彼も珍しく素直に願望を口にしている。少し、可愛いと思ったのは内緒だ。
だが、生憎今日も勝つのは自分だ。引き分けにだってさせてやるものか。ドクターは瞬時に数パターンの読みを脳の奥で走らせた。勝ち確ルートが見えて自信満々に目当ての駒に手を伸ばす。瞬間、ふ、と目の前の男が微かに笑った気がして顔を上げる。
何? とドクターは口にしようとした。だが声を発することが出来なかった。エンシオディスの唇が、重なったからだ。触れ合わせるだけの軽い口付け。いつも彼が仕掛けてくるものに比べたら児戯に等しい。時間もほんの一瞬。普段は唇が腫れそうになるまで執拗に続けるくせに。悪戯な唇はあっさりと離れて行った。
短いとはいえ、全く意図してなかったタイミングでのキスはドクターを放心状態にするのに充分だった。
「なん……」
ビーッとチェスクロックが鳴る。早指しの設定だから持ち時間は決まっているのだ。これが鳴ったら打たねばならない。慌ててドクターは駒を動かした。
「あっ」
———間違えた
悲しいかなよく回る頭は即座にこの手から派生していく未来を告げた。キングが生きる道はない。ドクターはだらんと背もたれに寄りかかった。あ゛ーと叫びながらロドスの無機質な天井を仰ぐ。
「今のはさぁ……妨害行為じゃないのか?」
「持ち時間を有意義に使っただけだ」
「公式試合だったらアウトだろ……君がキスしなきゃ勝ってたのに」
「チェスには強靭な精神力も必要だと言ったのはお前だ」
ああ、確かに。以前そんなことを言ったかも。だが、勝負中にキスされることを誰が予想する? ドクターははぁ、と溜息をついた。
「今夜素直に私を求めてくれるな?」
理性がなければきっとほいほいその要望に応えていただろう。理性回復剤を多用した後の自分は「素直」だと、エンシオディスは言っていたから。だが彼はまっさらなドクターが素直に己を求める姿が見たいのだ。だからまるで遊びを期待する子猫のように尾を揺らしてねだっている。
「もし、私が素直にならなかったら?」
往生際の悪い質問だとは思った。だが、向こうだって反則技で勝ちを強引にかすめ取っていったのだ。これくらいの足掻きは許されるだろう。
「……そうだな」
エンシオディスは勝負の決まった盤面に視線を落とした。とん、とドクターのキングを指で倒す。
「約束を守らない恋人には、ひどくするぞ」
ひっ、というドクターの哀れな叫びが執務室にこだました。
PM11:45 ロドス艦内 ドクターの私室
ベッドの上でドクターは居心地悪げに身じろいだ。ヘッドボードを背にして、エンシオディスは後ろからドクターを抱きしめている。まるでぬいぐるみを抱える幼女のような姿勢だが、当の本人は幼女なんて可愛いものではない。捕らえた獲物をこれからじっくりと味わう爪獣だ。
視界の端にとても楽しそうにゆらゆらと動く尾が見える。そう、とうとう罰ゲームの時間がやってきてしまったのだ。
「罰の内容を復唱してもらおうか」
「それもプレイの一環?」
「ただの確認だ」
ドクターからの言葉を催促するようにするり、と尾の先がドクターの踝を撫でた。ぴくんと反応すると、微かな吐息が耳にかかる。予想通りの反応を見せてしまった悔しさにドクターは唇を噛みしめた。
まだ、言ってないのに。ここが好きだとバレている。つまり、そういうことだ。エンシオディスはドクターの感じるポイントなぞ、足先から頭のてっぺんに至るまで把握している。別に言わなくたって、毎度的確に容赦なく、弱いところを責めてくるのだから。だが、彼は本人の口から聞きたいと我儘を言っているのだ。
ドクターは小さな溜息を一つ落とした。シミュレーションで戦略的撤退を選んだ時に吐き出すものと同じ溜息だった。
「……ベッドの上で素直になること」
「つまり?」
「君にどこを弄られたら気持ちがいいのか教える」
そう言いながらドクターはなんとかこの劣勢から戦況を立て直し、背後の男に一泡吹かせられないかを考えていた。だがそんなこともお見通しなのか、エンシオディスは意味ありげにドクターの耳朶に唇を近付けた。触れるか触れないかの距離。ドクターの薄い産毛が逆立つ。思考が攪乱されてこれではどうにもならない。
「着たままの方が感じるのなら、この状態で始めるが」
低い声を吐息と共に注ぎ込まれ、ドクターの細い肩が揺れた。そこから指定しなければならないのか。
「……脱いだほうが気持ちいい」
「何故だ?」
まさか問いが返ってくると思わず、ドクターはぐっ、と言葉に詰まった。答えを急かすように首筋に鼻が押し付けられる。
「君の肌、すべすべで気持ちがいいから」
勿論、他にも理由はある。だが、一旦ここは手ごろな理由でごまかしておきたかった。まだ始まったばかりなのだ。
「傷もあるが」
「それはお互い様だろ」
「お前の肌も堪らない触り心地をしているぞ。普段日に晒されていないせいだろうな」
鼻先で首筋をなぞられながら一枚ずつ服を剥がされる。素直になっているのは自分だけでは無いのかもしれない。自分が気持ちを露わにする分だけ、エンシオディスも露わにしているような気がした。そしてそれはなかなか、悪くない。このタチの悪いゲームを楽しめる理由になる。
「エ、エンシオ」
「ん?」
「キスしてくれ。君のキスは気持ちがいい」
ふ、と笑みが返される。
「どこにして欲しい?」
スラックスが下着と一緒に隅に放られ全裸に剥かれた今、どこをリクエストしてもすぐに叶えてもらえる。だが、そんな最初から飛ばしたくない。
「く、ちに」
顔をぐいっと横に向かされる。挨拶のような触れるだけのキス。ああ、そうか。言わないとやってくれないのだ。ドクターは離れて行った唇を名残惜し気に見つめた。形のいい唇の端が楽しそうに上がっている。
「……君のその、ざらざらの舌で、口の中舐めてもらうの気持ちい……んむっ」
今度は噛みつくようなキスが降ってきた。期待通りの感触と味にうっとりと酔う。ドクターが言った通りに、咥内をぐるりと舌が撫でていく。それを自分の舌でも追いながら、ドクターは恍惚の吐息を漏らした。
「っは……ぅ」
「ふ……キスだけで達してしまいそうな顔をしているぞ」
そんな嬉しそうに言うことなのか。呼吸をゆっくりと整えていたドクターは長い銀色がしゅるしゅると移動していくのを目で追った。脚に尾が絡みついていく。そして、まるで陰茎をしごくように動いた。あのシルバーアッシュが尻尾をこんないやらしく動かすなんて、きっと誰も知らない。ごきゅっとドクターの喉が鳴る。
脚はただの予告だ。この後、本当にドクターの陰茎をこの銀の尾が苛める。期待感に下半身が更に熱を持ち始めた。結局誘導されているような気がする。だが、もうそんなことどうでもよかった。一度火が付いたら後はもう、燃え尽きるまで身を任すしかない。
「しっぽ、で気持ち良くしてくれ」
言い終わらないうちに脚から尾が離れて、ドクターの勃ちあがりかけた性器に絡みついた。ふさふさの、艶のある銀毛に覆われて弄られる。といっても脚より短いそこを太い尾でしぼり上げるのは難しい。それでもエンシオディスは器用にドクターの陰茎を愛撫した。
「んっ、う、ん、ふっ……」
「私の尾をこのように使うのはお前だけだ」
「ァッ、ん、」
カリ、と赤くなった耳たぶに牙をたてられる。本当なら自分だって尻尾をこんなことに使いたくない。ロドスには尾を持つスタッフが多いのだ。弊害が多すぎる。だが、このなんとも言えない心地を一度味わうと癖になってしまった。そしてそれを教えこんだのは他でもない、この尾の持ち主である。
体に教えこまれたのは尾でしごかれる気持ちよさだけでは無い。エンシオディスの第三の手によって、陰茎に刺激を与えられるほどその後の快感を脳が勝手に期待し始めるようになった。何度も抱かれた上での性的な条件付けだ。脳がじりじりと甘く焦げていくこの瞬間がドクターは少し苦手だった。自分の武器が、使い物にならなくなっていく瞬間はとても恐ろしい。
快感に抗いたい心と快楽を拾いたい体の攻防。勝つのはいつも後者だ。今夜も同じだった。
ドクターは無意識に腰を浮かすと、自分の指を尻の狭間に持っていった。そこはすでにヒクヒクと震えている。脳が快楽を認識した瞬間、開かれる準備を始めていたようだった。細い指先を難なく飲み込ませると、ドクターは無心に自分で後ろをほぐし始める。エンシオディスは暫くドクターの好きなようにさせた。だが、ドクターが二本目の指を追加しようとすると低い唸りでもって止めた。
「私の指は要らないのか?」
「ぅ、あっ、ちが、ぁ、」
「きちんと言葉にしろ」
ぐりっと尾先が器用に先端をえぐった。
「んんっ! いう、言うから」
ドクターの先走りで銀毛はしっとりと濡れていた。それがとても倒錯的で視覚的にも犯され始める。
「き、みの、指でナカ、いじって、ひろげてほし……」
言葉と共にドクターの指に添わせる形でエンシオディスが指を挿入する。ふわり、とドクターの腰が持ち上がった。
「ううっ……ひ、君の指、きもち、い」
素直な言葉を褒めるように頬をべろりと舌が舐めた。ぐにぐにとナカを指が進んでいく。だが、ドクターが自分のイイところを刺激しようと指を動かすとエンシオディスの指が邪魔をした。
「あぅ、ん、ちょっ……」
じれったさに思わず抗議の声を上げると、空いている方の手でエンシオディスがドクターの臍を責める。
「ぁっ、まだ、そこ、言ってなっ、」
「ああ、すまない。つい、な」
「や……へそ、じゃなくて、こっち、なかの、いつものところ、」
つぷん、とエンシオディスの指が臍の中に押し入る。そして同時にナカの指もぐりっと動いた。
「ん、あ゛っ」
外側と内側の泣き所を同時に押し込まれてドクターが背を反らせる。ぴんと延びた足がシーツを泳いで波を作った。薄い腹がわずかに痙攣しているのを見て、エンシオディスは臍弄りをやめた。尾は先走りでじっとりと濡れていたが、ドクターの陰茎から精は噴き出していない。陰茎、前立腺、臍の三か所を同時に責められて、ドクターは射精せずに極まったのだ。すっかり癖づいてしまったナカイキの余韻にひたりながらドクターは熱い息をもらした。
「もうイってしまったのか」
「ん……ごめ……なんか凄い、ふわふわしてる……は、なんで、回復剤使ってないのに……」
「言葉の力もあるかもしれないな」
むに、と唇を甘く食まれる。本当に? 言うだけでそんなに違うものなのか。
「……ここまで、私も素直に言ったんだから、君も素直に言ってくれよ」
そう言ってドクターが背後でがちがちにかたくなっているエンシオディスのモノに尻を擦り付ける。
「では、お前のナカで私も気持ちよくしてくれ」
「ん……いっぱいぎゅっぎゅって、してあげる」
理性が空になったときにしか言わないような言葉を与えると、ソレは更に大きくかたくなった。分かりやすい変化に小さく笑う。何度か狭間でエンシオディスの肉槍を撫であげると、ドクターは手を後ろにやって凶悪な切っ先を自分の中に迎え入れた。
「あ゛っ、ぅ、ぐっ、ンっ、ン♡♡」
何度も体位を変えては、熱が自分のナカを擦っていくのを堪能する。ここまで蕩けてしまうと、あられのない願望も大きな声で口にしてしまえた。「いつものとこを突いて」「もっと奥」「今度はゆっくり」「捏ねるように腰を回して」。熱にうかされたように素直に「気持ちがいい」「よすぎる」と叫びながら泣くとエンシオディスはあやすようにドクターの背を撫でた。
激しいのに優しい。熱いのに冷たい。相反するものを同時に幾度も与えられて、ドクターはとっくに限界を迎えていた。だが、まだ、まだだ。最後の熱を放つには、もう一つ、口にせねばならないことがある。
「はっ、あぁ、ン……えんし、お」
「ん?」
「ナカ、ナカにぶつけ、てくれ……ぁ、ぐっ……」
ぐぽっ、ぐぽっと律動のたびに胎の奥で音が鳴っている。そのまま押し付けて、いつもの様に熱い濁流を注いでほしかった。
「きみに、なかに出してもらうのが、いちばん、きもちい……んだ」
言いながら媚びるように内壁をきゅうと動かす。熱い吐息がエンシオディスの唇から漏れ出た。
「お前の望み通りに」
途端激しくなる動きにドクターから更に高い叫びが上がる。世界がぐるぐる回るような、そして全てが混ざり合い最後には真っ白になっていくような独特の感覚に身を任せる。きっともうすぐ、自分の一番奥で熱が弾ける。そうすれば自分も熱を放つことが出来るのだ。ドクターはほどなく訪れる至高の瞬間を想って、目を閉じた。
「ご満足頂けた?」
事後の気だるい余韻の中、ドクターは隣の男に問いかけた。
「そうだな。今夜のお前は素直だった」
満足げに笑むエンシオディスにドクターはぺろ、と舌を出した。
「でも実は一つ、嘘をついたんだ」
「ほう?」
形のいい眉がぴくりと釣り上がる。
「中に出してもらうのが一番気持ちいいって言ったけど……本当はイった後、君が尻尾を巻き付けて抱きしめてくれるのが一番気持ちいい」
「……そうか」
声と共にしゅるりと尾が巻き付いた。しっとりと濡れたそれを、起きたら丁寧に洗ってあげないといけない。朝のシャワーの算段を建てながらドクターはエンシオディスの腕の中におさまったのだった。
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