にこにこ腹黒バトル
第二艦室にある食堂からの帰り道。
廊下の真ん中で先程から繰り広げられているやり取りに、ドクターはため息でシールドを曇らせた。
「さっきも話した通り、ドクターはこれから俺と食後のお散歩だよ」
「話の通じない方ですね。ドクターに『急ぎの』、『大事な』話があるのでお借りしたいと言ってるじゃないですか」
笑顔でばちばちとやりあう二人のオペレーターの傍を職員たちが早足で通り過ぎていく。彼らからの気遣わしげな視線を受けるたび、ドクターは小さく手をあげて問題ないの意思表示をした。
これを止めるのは一般職員には到底無理だ。とばっちりを受けないように早く行きなさい、の気持ちもこめてしっしと手を振る。悲しいことにこの状況には慣れているので周りが心配するほど途方に暮れてはいない。
ロドス・アイランドには多数のオペレーターや職員が在籍している。沢山人がいる、ということは中にはそれぞれの事情により、良いとは言えない関係を構築しているオペレーターたちも存在する。
だがこの二人、クーリエとテキーラに関しては特に何か因縁があるわけでも種族的に相性が悪いわけでもないのに、何故か顔を合わせると静かな言い合いが始まるのだ。
二人とも冷静ではあるので殴り合いやつかみ合いといったことには発展しない。だが、場の空気は近くにコキュートスでもあるのではないかというレベルで凍る。
「大体、心が狭すぎやしませんか? 僕はたった十分、ドクターをお借りしたいって言っただけですよ」
「悪いけど、今日は一日俺と一緒にいるって約束だからさ。出直してくれるかな?」
「まったく……待ても出来ないなんて、躾のなってない犬ですね」
クーリエのその言葉に、ひえ……とドクターが耐えきれず一歩後ずさる。二人とも笑顔だがドクターにはそれぞれの背後に浮かんだ黒いもやが見えた。
そろそろ止めた方が良さそうだ。このままでは廊下が永久凍土と化してしまう。
さて、今日の落とし所はどうするかなとドクターがポケットに手を突っ込んで考えていると背後から大きな手に肩を引き寄せられた。
「ああ、君か。来てたの?」
ドクターの肩を我が物顔で抱いていたのは、そこで言い合いをしているクーリエの主人、シルバーアッシュだった。
「執務室で待っていたのだが、お前を呼びに行ったクーリエがなかなか戻らないのでな」
様子を見に来た、と言うシルバーアッシュに続けてピーッとテンジンが鳴いた。待ちくたびれた、とでも言うようなその鳴き声にドクターがはは、と笑う。
「なんか相性悪いんだよねあの二人。会うと大体こんな感じでさ。二人ともいつもニコニコしてるし、他の職員からも評判いいのになぁ」
「似ているからこそ、ぶつかるのではないか」
あー、とドクターが頷いた。
「同族嫌悪ってやつか~」
間延びしたその声に反応した二人がギッとドクターの方を向く。
「似てません!」
「似てないよ!」
コンマ一秒もズレず同時に発せられたその言葉にドクターが堪らずぶっと噴き出した。
絵:ジザイさん
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