小指の先ほど足りない愛

 二ヶ月ぶりの逢瀬として濃厚なイヴの夜を過ごした後、そのままシルバーアッシュとドクターはクリスマス当日もベッドの中で過ごしていた。  気だるい雰囲気を纏いながらの甘い時間。だがドクターは忙しい恋人がいつ帰り支度をするのか時計を見ながらそわそわしていた。そんな矢先のことだった。シルバーアッシュがその長い尻尾でドクターに悪戯を仕掛けながら、年末年始の予定を口にしたのは。
「えっ、今年はこのままロドスで年を越せるの?」
「ああ」
 その調整に二ヶ月かかった、と続けるシルバーアッシュの尾をよしよしと撫でながらドクターは嬉しそうに笑った。
「十日も一緒に過ごせるなんて、何よりのクリスマスプレゼントだよ」
 素直に喜びを露にするドクターにシルバーアッシュの瞳も柔らかい色に染まる。
「まぁ、私はまだ仕事納まってないんだけど…」
「秘書を代わろう。勝手は分かっているし特段引き継ぐこともない。締めの作業は大体どこも同じようなものだ」
「そんな、ようやく休みに入った君に仕事させるなんて」
「お前と同じで秘書も働きづめなのだろう? たまには多めの休暇を与えてやれ」
 おしゃべりなリーベリがもし今の言葉を聞いていたら、たとえ相手がこのシルバーアッシュだとしても大喜びでハイタッチを仕掛けるに違いない。その様子がありありと想像出来てドクターは口の端をゆるく上げた。
「折角ロドスに滞在できるのだ。少しでも長くお前の傍に在りたいという私の願いも叶えてくれ」
 吐息と共に耳にそう吹き込まれたらドクターは頷くしかない。腕を伸ばし、サイドテーブルに置いてあった端末を引き寄せる。メールボックスを開き、手早く、少し個人的な人事変更を通達する。「じゃあ午後からよろしく」とドクターが言うと満足げなグルル、という音がうなじをつたっていった。




『公私混同しがちだからさぁ、職場恋愛はキホンうまくいかないんだよね』
『へぇ?』
『好きな人が職場にいたら気になって集中できないっしょ』
『あぁ、仕事の生産性が下がるってことか』
『そーそー』

 いつだったか、午後の休憩と称して執務室のおやつを目当てにウタゲが現れ、雑誌をめくりながら言った言葉をドクターは思い出していた。その時はまぁそうだろうな、という感想だったが、予定よりも早く仕事が納まった今、必ずしもそうとは言えないのではと思う。
「二日も早く終わった……」
 綺麗に整えられた執務室のデスクを見ながらドクターが呟くと、シルバーアッシュが満足げに笑んだ。
「駆け込みの書類が来なければこれで終わりだな」
「さすが、というか、君の処理能力がすごいんだろうな」
 秘書に加えて助っ人を何人か呼んで終わるかどうかという作業量を平然とこなした恋人を仰ぎ見る。ドクターからの惜しげもない賞賛の視線を受け止めた後、シルバーアッシュはそれに吸い寄せられるように身をかがめた。誰が急に入ってくるか分からない執務室で、一瞬だけ重ねられた唇。だがドクターは咎めなかった。
「早くお前と共に過ごしたかったからな。私が持てる最大限の力を使って片づけた」
 それだけのことだ、と言う男にドクターはふはっと照れ交じりに噴き出した。自分も同じ気持ちだった、と伝えようかと思ったがおそらく聡い彼は気付いているだろう。つまるところこれは二人が互いのために全力を投じた結果だった。
「もう各所にアナウンスするよ。ドクターの今年の営業は終了しましたって」
「そうして頂けると助かる」
 軽口と共に鼻先を擦り合わせながら、互いに笑い合う。今年は穏やかな年末になりそうだ。いつもよりも暖かく感じる執務室でドクターはそう思ったのだった。


 そんな昼の自分を殴りたい。
 寝台の上に転がされたドクターは遠い目を自室の天井に向けながら、脳内で昼の自分につかみかかっていた。これから始まるのがイヴの夜のような、飢えを満たすための互いに余裕のないセックスとはまるで違うことを、理解してしまったからだ。
 上に覆いかぶさる恋人は獲物を嬲るときの獣のような瞳をしている。余裕なんて売るほどあるときの顔だ。
「あのー、もしや、対価をご所望ですか……」
 全力で仕事を処理してくれた優秀な恋人に尋ねると、さりさりとフェリーン特有の舌がドクターの唇から頬を往復した。
「仕事ぶりに対してのことを言っているのなら、必要ない。言っただろう。私がお前とゆっくり過ごすためにやったことだ」
 じゃあ何でそんな獰猛な目をしているんだ、という言葉をドクターはごくんと飲み込んだ。今は何を言っても墓穴を掘ることになりそうな気がする。  だが疑問の色が消えないドクターの目元を舌でなぞると、シルバーアッシュは無言の問いに答えた。
「まだ、お前からプレゼントをもらっていなかったと思ってな」
「プレゼント……」
 そうだ。すっかり渡すのを忘れていた。ドクターは執務室のデスクにしまって置いた包みの存在を思い出してばんばんと目の前の硬い胸板を叩いた。
「ある! あります! 今取ってくるから……んむっ!」
 大きく口を開いたのが仇となった。噛み付くような口付けを深く深く受け入れることになってしまい、目を白黒させる。しつこく絡みついてくる舌をおさえこもうにも、弱い箇所を念入りに責められてはどうにもならない。
「は、っ、んぐ、ン……ふ……はっ、はぁ……」
「プレゼントの、リクエストを言っても?」
 嫌な予感がする。散々咥内を舐め回した後、抜け出ていった舌。それが意地悪げな音を乗せているのをドクターはしっかりと聞き分けた。でも、どうせ何を言ってもダメなのだ。このモードに入ったシルバーアッシュを止めることなんて出来やしない。ドクターは荒い呼吸の合間に、「聞くだけなら」と答えた。確実な約束をしなかったのは最後の抵抗だった。
「イヴの夜に言ったな。私が与えた、玩具で遊んでいたと」
 胸元に添えていた手を取られて掌をべろりと舐めあげられる。脳内に浮かんだのは淫猥な形の玩具。サッとドクターの耳に紅が走った。

「お前が遊んでいるところを、見せてくれ」





「んぅ、っ、ひ、っ、いっ……っ、」
 ローションをたっぷりとまぶしたそれが後孔に入り込むと、ドクターはかぶりをふった。自分の手でいれているのにまるで挿入を拒否するかのような様子。それを傍らで見守っていた銀灰色ぎんかいしょくの目がスッ……と細められる。
 ベッドの上のドクターをゆっくりと眺めるため、シルバーアッシュは長い足を組み、ベッド脇の椅子に腰かけていた。先程ドクターに握られたシャツの胸元が少し乱れている以外は、特に変わりない。全身に雄の色香を纏わせながら、恋人のあられもない姿を楽しんでいる。その姿はさながら余興を値踏みする君主のようだ。
「んっ、なんでっ、本物がいるのに、っ、これを使わなきゃいけないんだ、……っ、」
「善意で与えた玩具にクレームがついたのだ。製造元としては責任をとって、確認せねばなるまい?」
「ふっ、ぅ、クレームっ、て」
「思った通りの心地良さを与えてくれない不良品だと言っていただろう」
 そこまで言ってない! と叫びたかったが、うっかりいつもの癖で腹側の膨らみを擦ってしまいドクターの反論は喘ぎ声に変わった。
「アアッ!」
「ほう、いい声を出すではないか。私と同じなのだから、そうでなくては困るがな」
「んっ、ん、……っ、ふ、ううっ、」
「もっと動かさなくていいのか?遠慮するな。いつもやっているようにしてみろ」
 以前、ドクターは興味本位でこっそりディルドを購入したことがある。だがそれを使う前に、発見したシルバーアッシュによって取り上げられた上、こってりとお仕置きをされた。
「私以外のものを受け入れることは許さない」恐ろしく低い声でそう囁かれながらされた仕置きは思い出すだけで嫌な汗をかくほどだ。
 その事件から暫くして、彼から贈られたもの。それこそが今、ドクターの中を穿っているモノだった。シルバーアッシュの陰茎を模して、作られた 性玩具 おもちゃ 。上等な質感の箱の中に鎮座していたそれを見たときドクターはまるで生娘のような叫びをあげてしまった。
 さながら高級な宝飾品アクセサリーのように、保証書とタグ付きで送られてきたディルド。端末をプライベートモードにしてこっそりとタグに記されていた店名を検索してみたが、出てきたのは噂の類のみだった。『会員制』『限られた富裕層だけが……』『完全オーダーメイド』『謎の技術と再現度』『一本の値段は高級時計並』…そこまで読んでドクターはそっとブラウザを閉じた。

『寂しい夜はこれを E 』

 これまた上質なメッセージカードに美しい字体で書かれた言葉にドクターが天を仰いだのは言うまでもない。絶対絶対使うものか。そう誓ってドクターは箱を丁寧に梱包し直し、自室の金庫にしまいこんだ。送り返さなかったのは、ロドスの物流センターで荷のチェックをされたら自分の人生が終わってしまうからだ。
 人に言えない秘密が増えてしまい、ドクターは金庫の鍵を一週間ごとに変えなければ安心できない体になった。本当になんてものを贈ってくれたんだと直接なじりたくとも恋人はなかなかロドスを訪れない。そうしてまた慌ただしく日々を過ごしていると、恋人への怒りや困惑よりも寂しさが募るようになってくる。
「済まない。あと半月は会えない」久々に送られてきたメッセージをそっと削除したあと、ドクターはとうとうある夜、あの美しい箱を開けたのだ。そして、シルバーアッシュの思惑通りになってることを悔しく思いながらも、それ以来メッセージカードの言葉通り寂しい夜のお供にしてきた。
 そんな夜の愛棒を、今「本来の持ち主」の前で使っている。
「ひっ、あうっ!んっ、ンッ、んうっ……っ」
「さっきから浅いところばかりではないか。お前が好きなところはもっと、奥にもあるだろう?」
「ぁっ、言わな……」
「お前のクレーム内容はたしか、長さが足りない、だったか。それならばまずはきちんと奥まで挿入れなくては判断が出来ないぞ」
 畳み掛けるような言葉にドクターはううっと唸った。この戯れを早く終わらせるためには言う通りにするのが一番だ。観念したかのように手に力を込めて、ぐいっと中へ押し込む。
「あ゛っ、ぐ、ぅっ、」
 ずぷ……とまるで栓をされたかのようになったドクターの後孔。シルバーアッシュの熱い視線を感じてドクターは思わず顔を背けた。
「こちらを見ろ、盟友」
「ぅ、ううっ、」
「私に詳しい使用感を聞かせてくれ」
 正直、この状態で話すのはとても苦しい。だが話さなければ終わらない。
「……っ、ふとさも、皺のかんじも、血管のぼこぼこも、君と、おなじ……で、んっ、」
 ドクターはふうふうと呼吸をしながら、必死に言葉を紡いだ。
「でっぱりの部分の角度も、アッ、んん、そっくり……」
「心地いいか?」
 問いかけにこくこくとドクターが頷く。
「っ、でも……、ふ……ぅ、足りな、」
 ギシッと椅子が軋む音。シルバーアッシュが立ち上がりベッドに近付く。ひくひくと震えるドクターの薄い腹を大きな手が撫でた。
「奥まで埋まっているように見えるが?」
 ぶんぶんとドクターがかぶりをふる。ぱたぱたと涙が散った。
「ほんの、すこし、足りない……、どれだけ、押し込んでも……っ、あ゛っ」
 臍の少し上を優しく押されてびくんと体が揺れる。
「ここに、届いていないと? では教えてくれ。後どれだけ足りないのだ?」
 ふうふうと肩で息をしながらドクターは腹に添えられていたシルバーアッシュの手を取った。ふしくれだった男らしい五指を眺めたあと、ぱくりと小指の先を口に咥える。舌を絡めて舐めしゃぶった後、ぽつりと呟いた。
「これくらい……」
「……なるほど。よく分かった」
 そう言うとシルバーアッシュはドクターの中からディルドを引き抜いた。ローションと腸液でてらてらと濡れ輝くそれをベッドの隅に放る。ジジ……とチャックが下ろされる音にドクターはごくりと喉を鳴らした。

 ああ、やっと、本物が味わえる。

 無意識に唇を舐めるドクターにシルバーアッシュも静かに昂りを押し付けた。膨れて反り立つ凶器のようなシルバーアッシュのもの。ほぐれきったドクターの肉孔はそれを難なく受け入れた。
「アッ♡ あ゛っ♡♡ これ、っ、」
「……っ、ふ……やはり、違うか?」
「違う♡♡ 全然っ、ンッ♡ ちが、う゛っ、奥、あたって、ァ!」
 物欲しそうに緩みきっていたせいか、いつもよりも早くあっさりと最奥の肉環に先端が埋まる。多幸感にドクターが全身をがくがくと震わせた。
「アッ―――……っ♡♡」
 柔らかい壁をぐじゅぐじゅと擦られるなんとも言えない感覚。これは玩具では味わえないものだ。中イキを繰り返すドクターを追い立てるようにシルバーアッシュが腰を突き入れる。
 もはやドクターは動きに合わせて頭を揺らすことしか出来ない。焦点の合わなくなった瞳は潤んですっかり蕩けていた。声は掠れ、涙も枯れ果てた頃、ようやく腹の中に熱いものが注がれる。ああ、そうだ。玩具では足りない理由がもう一つあった、とドクターも絶頂をむかえながらぼんやりと思ったのだった。



「そういうわけで、こちらは回収する」
 翌朝、件のディルドを手にシルバーアッシュが真面目な声で言ったのでドクターは朝からコーヒーを吹き出し色々なもので汚れているシーツを更に汚す羽目になった。
「でもそれ高かったんだろ」
「大した額ではない。それよりもお前が満足していない方が問題だ」
「……どんなにリアルに作られてたって、本物には叶わないよ」
 ぽそりとドクターが呟くが勿論、シルバーアッシュは一句たりとも聞き逃さなかった。
「ほう。素直ないい子にはプレゼントをあげなければな。新しい玩具の発注をかけておこう」
「も、もう、プレゼントは貰った! 貰ってる!! この、休暇がプレゼントだろ!」
 多忙な男が確保した十日間の休暇、それこそがクリスマスプレゼントだったはずだ。だが、シルバーアッシュは器用に片眉をあげると、ドクターに言った。
「私がいつ、休暇それがクリスマスプレゼントだと言った?」
 遠くない未来、二本目の愛棒が贈られてくる予感にドクターの背筋を寒気と、ちょっとの期待がかけ上ったのだった。

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