FLOWER TAIL

 間接照明だけが灯るドクターの寝室で、ヘラグとドクターはベッドの縁に隣合って座っていた。ドクターの膝上にはヘラグの尻尾が乗せられている。ただし、その尻尾はいつもと形状が違っていた。
「ほんと、器用に編み込んだよね」
 ヘラグの尻尾は三つ編み状に編まれ隙間に沢山の花が挟み込まれていた。今日がヘラグの誕生日だと知った小さいオペレーターたちが張り切って仕上げたものらしい。普段なら灰色一色のそれは今とても色彩豊かな見た目をしている。これが今日一日彼のマントの下で揺れていたのかと思うとドクターはおかしくてくすりと忍び笑いをした。
「花を外す前にちゃんと撮っておかないと」
 端末を手にカラフルな尻尾を撮影しているドクターを、ヘラグは柔らかい微笑みを浮かべながら眺めていた。角度を変えて何枚か撮るとドクターは満足したのか端末を横へ置いた。
「崩しちゃうの勿体ないね」
「はは、そうだな。だがずっとこのままという訳にもいかないだろう」
 それに、とヘラグが言葉を続けた。
「折角あの子たちが私のために集めてくれた花だ。出来れば状態が良いうちに保存したい」
「って言っても私の知ってる保存方法はドライフラワーとか押し花くらいしか……あ!」
 膝上から尻尾をそっと横にどけて立ち上がると、ドクターは寝室に備え付けられているクロゼットの扉を開けた。
「あったあった。前にラナとメランサから花をオイルと一緒に瓶に詰めると綺麗だし保存も出来るって聞いてね。キットを貰ったんだ。どっちにしろ一回花をドライフラワーにしなきゃいけないけど……」
 これ使おうよ、と可愛らしい紙袋を手にドクターが提案した。
「貴殿が貰ったものだろう。おいそれと買えるものでもなさそうだし、私のために使うのは……」
「じゃあほら、私からの誕生日プレゼントだと思ってくれよ、将軍」
「だが……」
「それに、私も嬉しいんだ。あなたがロドスで、穏やかに過ごしているという事実がその花から見て取れるようで。だから綺麗に、保存しておきたい」
 ドクターの真摯な瞳と言葉にヘラグは静かに口を閉じた。
「勿論、あなたも、まだ幼いオペレーターたちも必要とされれば戦場に出なくてはならないけど、それでも、平時はここでなるべく心穏やかに過ごして欲しいと願ってるんだ。戦場で残酷な命令を出している癖に、と思われるかもしれないけど」
「思わない。貴殿のその思いは心ある指揮官として持ち続けるべき、価値あるものだ」
 低く響く力強い声音。この年上のリーベリの言葉はいつもドクターの心の深いところにじんわりと、染み込んでいく。
「じゃあ、花を外すね?」
「あぁ」
 再び隣に腰を下ろし、膝上に尻尾を乗せるとドクターは花を散らさぬよう丁寧に一つずつ取っていった。大小様々な花を零さぬよう全て集め終わると花瓶に一時避難させる。
「とりあえず一晩はこうしておいて、明日温室に行って作り方を詳しく聞いてみるよ」
 花瓶を置くとドクターはすっかり灰色一色に戻った尻尾を指して言った。
「仕上げにブラッシングしておく?」
 ヘラグが頷いたのを見てドクターはサイドテーブルから箱を取った。木製のそれには、尻尾の手入れに使う道具がまとめられている。将軍と呼ばれる彼が忍んでドクターの部屋に行く時、必ず行われる「手入れ」。彼の尻尾が常に良い状態を保っているのは、実はドクターのお陰なのだがそれを知っているものは少ない。
 再び膝上に乗せられた尻尾は三つ編みがほどかれ少しカーブが残っていた。暗褐色のクシで毛先から丁寧に丁寧に梳いていく。すくいあげていつもの指通りになったことを確認すると、手に仕上げのオイルを少し馴染ませ、毛束に手を差し入れて撫であげるようにオイルをつけていけば終わりだ。
「ん、これでOK」
 いつもと同じさらさらな状態に戻ったそれを満足そうに持ち上げ、灰色の毛束にキスを落とす。これもいつものルーティンだった。オイルは無香のものを使っているが今日は尻尾に花の残り香が残っていたようで、馨しい香りがふんわりとドクターの鼻をくすぐった。ふふ、とドクターが思わず笑みをこぼす。
 そのあまりに幸せそうな微笑みにつられるように、ヘラグは身を屈めた。ドクターの頬に口付けると彼の笑みはさらに深いものになった。
「誕生日おめでとう、ヘラグ。あなたが、これからも穏やかに過ごせますように」
「貴殿が傍に居てくれれば、それが叶うさ」
「じゃあそれも誕生日プレゼントってことで」
「おやおや、今年は貰いすぎだな」
 チクチクときた口ひげの感触が頬から唇に移動してきて、ドクターはゆっくりと目を閉じた。



メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで

close
横書き 縦書き