Cortado

 コーヒーを淹れるのは嫌いじゃない。どちらかと言えば好きな方だ。必要な分量を量って、最適な温度にしたお湯を用意し、適切な量を少しずつ、粉を蒸らしながらゆっくりと注ぐ。そうして抽出されたものが少しずつ、下に落ちて底に溜まっていくのを眺める。
 一杯のコーヒーを完成させるまでの一連の作業は実験と似ている。正しい過程を経て淹れたコーヒーを啜ったあの人が笑顔になると、実験が成功したときと同じ高揚感と達成感を得られるのだ。だからこそ、丁寧に手順を踏んで淹れなければならない。
 ぽとりぽとりと落ちていく黒い液体を真剣に眺めているソーンズにドクターは思わず吹き出した。
「君、いつもそんな怖い顔でコーヒー淹れてたの?」
「顔?」
「そう。試験管揺らしてるときと同じ顔だ」
 抽出が終わったのを確認するとソーンズはドクター愛用のマグカップに落としたばかりのコーヒーを注いだ。室内に深みのある香ばしい匂いが漂う。
眠気覚まし用のコーヒーではなく、ブレイクタイム用のコーヒーなのでミルクと砂糖も合わせてドクターの机に置く。
「ありがとう」
 そう礼を言うと、ドクターはソーンズの予想通り真っ先にころんとしたミルクピッチャーを手に取った。ゆっくりと円を描くように濃褐色に白を落としていく。色が絡み合い混ざっていくその様子をソーンズはじっと見つめていた。
「また難しい顔してる。ミルク入れちゃだめだった?」
「いや、お前のために淹れたものだ。好きに飲めばいい」
「じゃあ遠慮なく」
 砂糖をティースプーン山盛り二杯入れてくるくるとかき混ぜる。すっかり混ざり合いカフェオレ色になったカップを前にドクターがフェイスシールドを外した。両手でマグカップを持ち、ふぅっと息を吹きかけてから一口啜ると満足そうな笑みを浮かべる。
「ブラックも好きだけど、疲れてるときはこの甘さが効く~」
「少し濃いめに淹れたんだ。ミルクと合うように」
「流石」
 全部お見通しか、と呟きながら二口目を味わう。
「ソーンズはブラック派?」
「そうだな。だがミルクを入れるのも嫌いじゃない」
「え、意外」
 自分の分をカップに入れて持ってきたソーンズが、ドクターと同じようにミルクピッチャーを手に取る。とぷん、と白が沈んでいくのを見ながらほら、と中を指す。
「俺とお前に似ているだろう」
「ん?」
「ほら、このあたりだ」
 唐突な比喩表現に首をひねりながら、どのあたりが似ているのかと見つめている間にカップの中の色はすっかり均一になってしまった。
「んー……なるほど?」
 自分の言葉が伝わっていないと気付いたソーンズが、徐に端末をいじり始める。カチ、と執務室のドアからロック音がして、ドクターは顔を上げた。
「あれ、なんで鍵……」
「折角だからちゃんと説明してやる」
 来い、と手を捕まれ執務室から続く寝室まで引っ張られていく。こうなったソーンズを止めることは不可能だとドクターは知っているので、無駄な抵抗はしない。まだ湯気のたつコーヒーに後ろ髪をひかれながらもドクターは寝室へと足を踏み入れた。



 ドクターの寝室には広さに対して不釣り合いな大きさの姿見が置いてある。これはソーンズが備品申請し持ち込んだもので、設置するしないで実はかなり揉めた。主に安全面においてロドス側から待ったがかかったのだが、実際のところ誰が見てもこのサイズの鏡はドクターの寝室には不要だったし、それはドクター自身も分かっていた。
 だがドクターは年若い恋人の希望を叶えるために、申請用紙の隅に一言「頼んだよクロージャお姉さま」と書き込んだ。
 結果、壁に打ち付けることを条件に―ソーンズは渋っていたが―申請は受理され黒いフレームの姿見が寝室の扉横に設置されたのである。
 ソーンズも身だしなみに気を遣うタイプではないので、正直なところドクターはなぜ彼が鏡に固執するのか分かっていなかった。……さっきまでは。
「ん、ぅ、ちょ……っと待て、ストップ。ソーンズ」
「なんだ」
「説明してくれるんじゃないの!?」
「これが一番わかりやすい説明方法だと判断した」
 首に吸い付かれ、擽ったさから体をよじると普段は目に入らない自分とソーンズの姿が視界にうつりドクターは慌てた。
「鏡の覆い、外れてる!」
 あぁ、とソーンズはけだるげにつぶやくと一+一は二だとでもいうような言い方で「お前に見せるためだ」と口にした。
「見ればお前もさっきの言葉の意味が分かる」
「……見るって何、んむ、っ」
 文句が続きそうな口を自分の口で塞いでしまうと、ソーンズは手馴れたようすでドクターの衣服を剥いでいった。
 ソーンズの上司は完全防備の装いがデフォルトであるため日に焼けることがない。一枚一枚衣服を落としていくたびに露になっていく白さは見る人が見れば不健康そうに見えるだろう。だがソーンズはドクターの、このロウのような白さが好きだった。ちょっと吸い付けばすぐに紅が浮かび上がり、うっかり強めに握ってしまえば簡単に跡がついてしまう刺激に弱い肌。
 どのくらいの強さなら傷つけずに済むのか、とはいえあまり弱い刺激でも物足りないかもしれない。根っからの研究者思考を持つソーンズは、ドクターを抱くときはいつもひそかにトライアンドエラーを繰り返していた。そしてそんな彼の『実験』に必要不可欠なのが、鏡だった。
 ベッドの上がうつるように設置された鏡。普段は覆いをかけているが、実は毎回ドクターがソーンズの手によって前後不覚になった頃合にそれは外されている。ドクターの知らないところで、この鏡はしっかりと役割を果たしていたのだ。
 だが今日はドクターに見せるため、最初から覆いを外した。黒いフレームの中に最後の一枚をはぎ取られた自分の生白い体を見つけて、ドクターは全てを理解した。
 同じく裸になったソーンズに後ろから抱きつかれて、彼の腕と足のなかにおさまる体。ソーンズとドクターの体格はそこまで変わらないはずなのだが、肉が少なく骨も細いドクターはソーンズよりも小さく見える。鏡の中のソーンズと目が合ってドクターは、いつもと違う熱が体をかけめぐるのを感じた。
 するりと、鏡の中で褐色の手が動く。白のなかにぽつんと存在する2つの桜色に到達すると、すり潰すように指を動かした。
「ぅあっ、ひ、ちょ、っと、んん!」
「ドクターは右より左を刺激されるのが好きなんだな。反応が変わる。利き手に関係が? それとも心臓のある左胸は刺激に過敏に反応してしまうのか」
 乳首を交互にこねくり回しながら、ソーンズが呟く。
「そんな、の、わかんな、ァアッ!」
 ぎゅっと、強い力で左の先端を摘まれてドクターがびくんと背を外らした。鏡の中で魚のように跳ねるドクターをソーンズは熱っぽく見つめている。自分がドクターのどこをどのように触ったらどんな反応が返ってくるのか。一つの動きも見逃したくなくて、鏡から目が離せない。
 乳首への刺激はドクターの下半身にも熱を伝搬させたようだった。先走りを滲ませながらゆるゆると反応を見せるそこを鏡に映したくないのか、ドクターが足を閉じようと動かす。
「だめだ、ドクター。見せろ」
「ぅ、いやだっ……て」
 ソーンズは抵抗を続ける股の間に手を差し込み、脚を大きく開かせた。勿論体の硬いドクターに配慮した角度ではあったが。
 普段とは違う視覚からの責めも加わり、ドクターのそこはすっかり勃ちあがり、先走りは後ろにつたうほど溢れている。鏡に映ったそれを直視出来ずドクターは目を伏せた。
 ソーンズの手がドクターのペニスを握って先走りを塗り込むように動かす。ぐちゅぐちゅといやらしい水音が響いて、ドクターの肌が羞恥から赤く色づいていった。
「あ、だめだ、両方いじらな……ぁああ~~っ!」
 きゅうと左の乳首を摘まれたのと同時にペニスの先端に爪をたてられる。とてつもない快感が下半身から脳までかけのぼっていき、ドクターは背を反らして呆気なく絶頂を迎えた。
背中を預け、ぐったりとしてしまった恋人の頬にソーンズが口付けを落とす。
「いつもより早いな」
「うう……」
 顔にまで飛んだドクターの白い熱を指で拭ってやると、絶頂の余韻で敏感になった体がぴくりと震えた。
ソーンズはローションを手に取り、手の中で温めたそれをゆっくりと、ドクターの足の間に垂らしていく。とろとろと流れるそれをまとわせながらソーンズの指がつぷ、と穴の中に消えた。
「んんっ、ひ、あ」
「ここだ、ドクター。この、指を入れて少し曲げたここ」
「ぁあっ、そ、こ、」
「そう、ここだ。ほら見ろ。意外と浅く感じるだろう」
 恐る恐る鏡に視線を戻すと、褐色の指が自分の中に埋まっているのが見えてドクターは息を呑んだ。普段は慣らしている様子なんて見えない。神経質そうなソーンズの指が自分の中を探っているところなんて、見たことがなかった。初めての光景に思わずきゅうきゅうと中の指を締め付けてしまう。
「はっ、ぁ、ん、んっ」
「あまり締め付けるな……指が増やせない」
「ん、なこと言われてもぉ、あっ、あ、」
 ローションを足した指がもう一本、中へ侵入しようと縁をなぞり始めた。ぞくぞくと背中に震えが走る。見えるだけで、こんなにも興奮するものなのか。
「ん、柔らかくなったな。いいぞドクター」
 ゆるみの出たそこにつぷん、と二本目が入っていく。ぐちぐちと二本の指が中を掻き回した。
「あっ、ひろが、って、う、そんな」
「まだだ、もう一本」
 三本目に増えた指が中の前立腺を捉えた。挟み込むようにしながら刺激を与えると鏡の中のドクターがビクビクと痙攣した。
「アッ、あっ、だめ、はさむな、むり、またイっちゃ……」
 その言葉にソーンズがすっ、と指を抜く。え、と熱に蕩けた瞳でドクターが恋人の顔を見上げた。もう少しでイけそうだったのに、という視線をやり過ごす。
「今日は少し順番が狂ってしまった。さっき一度出してるだろう。お前は二回出すとへばるのを忘れたか」
 これはロドスの皆が知っていることだが、ドクターは体力が無い。そしてこれはおそらく今のところ恋人であるソーンズしか知らないことだが、ドクターは二回射精すると気を失うように寝てしまう。前までは一度の射精が限界だったのが、二回に増えたのはひとえに若い恋人の忍耐と努力の賜物である。
「俺もそろそろ中に入りたい。いいか? ドクター」
 後ろから抱えられながら耳に直接、熱っぽい声を吹き込まれてドクターはぎゅっと目を瞑った。
「ほら、目を開けて。俺が入るところを見ていてくれ」
 そうすれば、分かる。と囁かれる。何の話だっけ、と熱に浮かされた頭でドクターはぼんやりと考えた。そうだ、私と君がコーヒーとミルク、に似てるって話だったか。
 はぁ、はぁと荒く息をつきながらドクターがゆっくりと目を開ける。鏡のなかのソーンズと目が合った。山吹色の瞳が静かに燃えている。
 鏡に向かってさらに大きく、ドクターの限界まで左右に脚を広げられたところにソーンズの脚が割って入る。これでもう、ドクターの意思で足は閉じられない。M字に開いた脚の中心部、尻の割れ目にソーンズの熱が擦り付けられ、ドクドクと脈打つペニスにドクターの呼吸が期待で荒くなる。
「ぁっ、」
 小さな叫びは鏡に映った熱の先端が自分のなかに侵入したことを示していた。視覚の情報と中で実際に感じる熱、二つの衝撃にドクターはただ、身を任せることしか出来ない。ゆっくりと入ってきたソーンズのものがとうとう根元まで埋まる。褐色を包み込む自分の生白い肌。ソーンズの腕が足が、自分の体に絡みついて、あぁ確かに、コーヒーにミルクを垂らしたときの、あの螺旋に似ているかもしれないと思った。
「ぅあっ、んあ、っ、ひっ……」
 下からの突き上げにドクターの口から叫びが漏れる。いつもより密着しているように感じるのは、鏡に映る互いを見ているからだろうか。
「っ、は、ドクター、」
 ローションの泡立つ音、熱っぽい吐息、ベッドが軋む音、全てが混ざりあって二人の耳を犯していく。さっき指で教えてもらった自分のいいところを、ソーンズの熱がかすめたので、思わず追いかけるように腰を動かす。
 鏡の中のソーンズが満足そうに笑ったのをドクターは見た。
 君、いつもそんな顔してたのか……
 いつもクールな恋人の年相応な表情にドクターは胸の奥をときめかせながら、絡んできた手をそっと握り返した。



 二回目の絶頂の後、たっぷりと眠ったドクターはコーヒーの匂いで目を覚ました。サイドテーブルに置かれたマグカップを少し複雑な気持ちで見つめる。寝室のドアが開いてソーンズが入ってきた。少し、髪が乱れている。
「起きたのか。今日の仕事はもう片したからまだ寝ててもいいが」
「いや、起きるよ。コーヒー煎れてくれてありがとう」
 目を擦りながらマグカップを手に取ったドクターにソーンズが、わざとらしく聞いた。
「ミルクは入れるか?」
 真っ赤になったドクターの顔が鏡の中に映った。


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