coitus more ferarum

 ふっ、ふっ、という荒い息遣い。いつもなら、与えられる快楽に屈して開く唇も今はしっかりと噛みしめているせいで余計、上からの息遣いがはっきりと聞こえる。うっすら血の味を感じるころ、目ざとく気付いたシルバーアッシュの指が咎めるように唇に触れた。ぎゅっと更に噛みしめるが、その抵抗を崩そうとぐりぐりと腰を押し付けられる。
 だめだ。そこは、弱いんだって。泣きどころを責められてドクターの唇はあっさりと陥落した。二本の指で、くぱりと開かされてしまう。抗議したくとも上から押し潰されていては振り返ることもできない。口が開いたのを見計らったようにずん、と奥に切っ先が押し付けられた。
「ぁあ゛……っ!……ぅっ」
 上がった嬌声に満足したのか銀の尾がゆらゆらと動いた。時折視界を焼く白い光は、快感によるものだけではない。自分たちの行為をしっかりと捉えるため設置されたライトによるものだ。

(はやく……何もわからなくなりたい……)

 自分たちを見つめる目を感じなくなるくらい。部屋の隅からこちらに注がれる視線にちりちりと頬が羞恥で焼ける。まだ、「人」の目でないだけいいのかもしれない。正確に言うなら、「人」の目も注がれているのだが、室内に存在がいないので脳が必死にノーカンとする。
 いつもとは違う状況でのセックス。まさか 人目のある所での性行為 こんなこと を自分にのしかかっている男が了承するとは思わなかった。




『お前にしか頼めないことがある。明日の午後ロドスに寄るから数時間、空けておけ』

 終業後に端末に届いたメールにドクターは思わず、はあ? と声に出した。フェイスシールドを外していたせいか、その声は思ったより大きく執務室に響いたが、それに反応するものはいない。文面は簡潔で、何かを頼もうとしている内容なのに有無を言わせない雰囲気を醸し出していた。実に彼らしい。
「明日って急に言われても……まぁ、まだ一報あるだけマシか」
 頭をガシガシかきながらドクターは自分のスケジュールを確認した。当然会議やらシミュレーションやらで終日埋まっていたが、幸か不幸かいくつかの予定は変更がきくものでやりくりすれば彼の言う数時間は作れそうだ。
「しかも、B3のスタジオを確保しておけってどういうことだ。会議室じゃなくて?」
 普段ならこういった施設の手配は秘書がやるのだが、どう考えても私的な利用になりそうなので自身でやるしかない。端末上で申請出来るのがまだ救いだ。ドクターは画面端の「各種申請」というところを指で触れ、シルバーアッシュが指定してきた地下三階にあるロドスのスタジオを「ドクター」の名義で予約した。利用目的は「打合せ」同伴オペレーターは「シルバーアッシュ」。
 スタジオは撮影や録音に特化したつくりになっているのでドクターが使用することは殆どなく、もっぱら広報部が使用していた。製品の物撮りや、ロドス内で開催されるイベントごとのポスター撮影などをここで行っているという。ロドス内で流れる音声案内などもここで録音しているため、他の施設に比べて設備が整っているのだ。
「スタジオでの打ち合わせって見る人が見たら変に思うかな」
 相手があのシルバーアッシュだから平気か、とドクターはすぐ思い直した。ロドスの人間はドクター以外を信用していません、という姿勢をいつまでも崩さない彼が打合せ場所に防音設備のある部屋を指定してもおかしくはない。
「一体何の悪だくみなんだか」
 結婚したとはいえ、互いに謎を抱えているのは相変わらずだ。だがそれも含めて受け止めると決めたのだ。お互いに。自分たちを取り囲む問題が解決していないのだから。だから結婚後も定期的に互いを互いの「厄介ごと」に巻き込んでいる。今回もきっとその類の頼みだろう。
 とはいえ、久しぶりに夫と会えることには変わりない。ドクターは各所にリスケのメールを打ちながらもひっそりと心を躍らせたのだった。




「変わりはないか」
 いつもの挨拶に甘さが加わったのは一体いつからだったろう。そんなセンチメンタルなことをしみじみと思ってしまうほど、シルバーアッシュと面と向かって会うのは久々だ。
「ああ。君は、少し疲れてる?」
「……分かるか」
 正しくは分かるようになった、だ。顔色には出ていないが、尾と耳の毛艶が悪い。彼が仕事に忙殺されていたことがありありと分かる。そんな状態の男が持ってきた頼み事だ。よっぽどのことなのだろう。
 今回は珍しく予告有りの来訪だからか、いつもの装いではなく所謂「外出着」でシルバーアッシュは現れた。サヴィルのテーラーが仕立てたという深い色合いの服はドクターもお気に入りだ。普段とは違う傘を手に紳士然とした美しい男を上から下まで眺める。ふと、いつもなら手持ちの鞄にちょこんと入っている小さなユキヒョウが居ないことに気付いた。
「あれ……今日はあの子いないのか?」
   彼がこの装いの時に連れている仔ユキヒョウは、シルバーアッシュ家の「家族」の一員だという。たまにクリフハートも連れている可愛らしい仔ユキヒョウたちはレアな存在なだけあってロドス内でも密かな人気だった。聞けばどちらも別個体だそうだ。全部で何匹居るのかは知らないが、シルバーアッシュ家と血を似通わせる彼らはテラではかなり稀少な生物となってしまっており、その殆どをシルバーアッシュ家が管理しているらしい。今まではイェラグ外に出ることは出来なかったがシルバーアッシュの一声でその慣習も変わった。本来なら雪深いイェラグで遊ばせた方が気候的に合っているのだろうが、何故か気分転換の遊び場として選ばれたのはロドスの艦内及び、甲板だった。それで時折、彼は連れてきていたのだが今日はその愛くるしい顔が見当たらない。
「連れてきているが、もうこの鞄には入らなくなってしまってな」
 言われてみれば最後に会ったのはだいぶ前だった。生きているのだから成長するのは必然だ。いつまでも赤ちゃんでいるわけはない。その言葉が合図だったかのように、シャラ……と金属の擦れる音が響いた。シルバーアッシュの後ろから、ゆっくりとしなやかな銀毛が現れる。愛くるしい瞳をくりくりとさせていた幼獣は、立派な獣になっていた。
「おっ……きくなったな……」
「見た目だけだ。まだまだ甘え癖が抜けないぼうやで困る」
 言葉を解しているのか、ぐる……とまるで文句を言っているような音が鳴った。ふふ、と思わずドクターの口から笑い声が漏れる。なるほど、男の子だったのか。
 高級そうな首輪から繋がる鎖を持っていたのはフェリーンの男だった。初めて見る顔で、しっかりと鎖を手にしつつ、何やら大きな荷物を背負っている。控えめに微笑まれて、ドクターも軽い会釈で返した。カランド貿易の社員だろうか。にしてはラフな格好をしているが。
「力も強いからな。特製の鎖と首輪がなくては連れてこれない」
 確かに、このサイズ感ではカシャが見たら叫び声と共に逃げるだろう。カシャでなくとも、大きな獣に慣れていない子供は驚いてしまうかもしれない。それくらい成長したユキヒョウは肉食獣らしい独特の圧を放っていた。
「私がいる限り、何か粗相をすることはないから安心しろ」
 大事な相談をするのに、しかもわざわざ人手を増やしてまでこの子を連れてきた理由はなんだろう。ドクターが疑問に思ったのを見透かしたようにシルバーアッシュがユキヒョウの喉を撫で上げた。
「お前にしか頼めないこと、というのはこの子が関係している。だから連れてきたのだ。早速だが案内してくれ」
 そう言ってドクターに視線を向ける二人と一匹。どこか熱を感じる瞳に見つめられてドクターは戸惑いながらも頷いた。
「ほら領主様。ここがご希望の地下三階のスタジオだ。広報部が押さえてなくてよかったよ」
 ロドスの地下三階。奥まったところにある重い扉を開き、二人と一匹を中に案内するとドクターは照明のスイッチを押した。スタジオ内がぱっと光に照らされる。
「何をするのか知らないが、広さもまぁ、この子が駆け回れるくらいはあるし……撮影で使うような最低限の機器は揃ってる」
「まずまずだな」
 聞き慣れた感想にはいはい、と返事をしながらドクターは奥へと足を進めた。スタジオの奥の隅に存在する四角いブース。シルバーアッシュがむき出しの壁材に触れる。
「防音仕様……ということはここは録音ブースか」
「ああ。こっちはレコーディング作業に特化したところらしい。だからスタジオ内より更に防音がしっかりしてる。スタジオの音も高音質で拾えるよ。窓はないけど、中にあるモニターでスタジオの様子は確認出来るし、なんならマイクで指示も飛ばせるって」
「ほう……」
「で? そろそろ何をするのか教えてもらえるのかな?」
 ドクターの脚に銀の尾がからみついた。夫のいつもの悪戯だと判断したドクターは特に反応をしないでいたが、下からグルル、という不満げな音色がしてそれが若い獣の行動であることに気づいた。
「ごめんごめん」
 ごつん、と膝に頭がぶつけられる。なだめるようにそれに手を添えると今度は手のひらに頭が押しつけられた。
「まずはこれを」
 そういって手渡されたファイル。なんだ、ちゃんとした頼みごとなのかとドクターはそれを開いた。いくつかの写真とグラフデータでまとめられた資料にさっと目を通す。
「これは……ユキヒョウの出生率のデータか」
「そうだ。我が家で管理と飼育を担当している彼がまとめたものだ」
 どうやらただの付き人ではなかったらしい。
「もともと稀少な種なのだが、見てわかるとおり年々出生率は低下している」
「環境の変化に影響されるならわかるけど、天災のないイェラグでこうなってるってことはまた別の原因か」
「理解が早くて助かる。三ページ目を」
 足元で彼がもっと撫でろと言わんばかりに体を押し付けてくるのをあやしてやりながら、ドクターはページを捲った。
「絶対数の減少により、同種の交尾を見る機会が減ったことが大きな原因と考える……って。交尾なんて本能で出来るもんじゃないのか」
「そう思って対策をとらずにいた結果がそのグラフだ」
 ううん、と唸りながら『ドクター』として資料を眺めていると今まで沈黙を保っていたユキヒョウの担当者が口を開いた。
「この子たちはある程度成長したら単独行動が基本の種です。なので本来交尾の仕方を親兄弟が教えるわけではありません。自然の中で同種なり異種なりの繁殖行動を目にし、自然に覚えていくのが普通です。勿論、ドクターが仰るとおり大部分は生物としての本能でしょうが……」
 うんうんとドクターは頷いた。
「ですが、その点で言うなればこの子たちは人間の管理下におかれて何代もたっております。特にシルバーアッシュ家とは深いつながりがあるため、いい意味でも悪い意味でも人間的になってきてるのかもしれません」
「つまり本能だけではどうにもならないことが起きていると」
「あくまでも想像ですが……」
「うーん……私にはそのあたりについての知識が足りないからな」
「別に解決策を提示しろと言っているわけではない」
 あっそうなの? と顔を上げるとシルバーアッシュはいつもの不適さを感じる笑みを浮かべ、担当の男はどこか申し訳なさそうな笑みを湛えていた。
「今回はあくまで実験的な試みだ。だが実行するにはお前の協力が不可欠」
「待て……まさか、君……」
 脳裏に『同種の交尾を見る機会が減った』という一文が浮かぶ。まさか、まさかだが……
「この子の前で 交尾 セックス するってことか?!」
 話題に出されたのを察知したのかドクターの脚もとで毛繕いをしていた彼の耳がぴくんと動いた。
「そういうことだ。時間が惜しい。早速始めるぞ」
「待て待て待て、待ってくれ。エンシオディス」
 思わずドクターは夫の名を呼んだ。だってこれはかなりデリケートでプライベートな問題だ。そう、言うなれば『 ふうふ 』の問題だろう。
「そんな提案、承知すると思う?」
「彼のことを気にしているなら、あそこの録音ブースに入ってもらうから直接見られることはない」
 背負っていた荷物を広げ始めた男を指してシルバーアッシュが言う。そういう問題ではない。
「でもこの子は見るじゃないか」
「当然だ。そのために行うのだから」
「いや、だから」
「番の自然な姿を見せてやるだけだ。この子はお前にとってももはや家族だろう?」
 痛いところをつく。ドクターはぐっ、と言葉に詰まった。キュルル、と不安そうな声が下からする。ああ、確かに君も彼に似ている。退路の断ち方が特に。
 はーっとドクターは深くて長いため息をついた。本当に突拍子もないことを頼んでくる。
「君と私の性行為なんて、教育に悪いんじゃないのか……」
「逆だ。これ以上の教育はない」
 自信満々に言い切る男にドクターはもう一度ため息をついた。




 スタジオのセッティングをしている間にお前も準備をしておけ、とムードもへったくれもないことを言われたドクターは渡されたバスローブとローションを手に黙ってトイレに行った。

(実はすでに準備が済んでる、とは言えない)

 さすがにローションは仕込んでいなかったが、久々に会えるのだからと健気にもすみからすみまで洗浄済みの体でドクターは夫を迎えていたのだ。しかも洗浄ついでに少し弄ってまでいたのだがまさかこんな事態になるとは想像していなかった。
「久々なのに、こんな、特殊なシチュエーションだなんて」
 そこそこの付き合いを経て、大体のことはされたし、耐性もある程度ついたと自負していたが、流石に今回の『これ』はなかなかに厄介だ。もう何度目か分からない溜息をつきながら、ドクターは鏡の前でフェイスシールドを外した。頬が少し赤いのはスタジオが暑かったからだ。決して、これから行われるあれこれを想像しているわけではない。平静を装いながら程よくほぐれている自分の後孔に専用のローションを突っ込みバスローブに着替える。
 少し時間をつぶしてからスタジオに戻ると部屋の照明は落とされており、中央に大きなマットレスが敷かれていた。これが今日はベッド代わりなのだろうか。しげしげと眺めていると「地面になるべく近い形で行うのがよいので……」と、申し訳なさそうな笑みと共に説明される。なるほどね、と苦笑しながらドクターはその上に腰を下ろした。マットレスだけとはいってもしっかり弾力のある高級そうなもので、少なくともドクターがたまに仮眠に使う薄っぺらい簡易寝具よりはいいものだった。
 入れたばかりのローションに気を使いつつ、座り心地を確かめていると暗い部屋に突然パッとキツめの光源が、まるでスポットライトのように出現した。驚いたドクターが振り返ると、照明器具を調整していた男と再度目が合う。また、あの申し訳なさそうな顔をしている。
「眩しいかもしれませんがご了承ください。お二人の姿がしっかりカメラに写らないといけませんのでライトを……」
「カメラ? 待ってくれ。撮影までするのか?!」
 聞いてないぞ!とドクターが声を上げる。困惑と少しの焦りを表情に滲ませた男の後ろから、バスローブに着替え終わったシルバーアッシュがゆったりと姿を見せた。
「当然だ。今後別の個体にも見せねばならないのだからな。それとも毎回お前がこのように協力してくれるのなら話は別だが」
「いや、それは」
「互いに忙しい身だ。現実的ではない。そうだろう?」
 ここで正論で反抗したとして、自分が駄々をこねているように見えるだけなんだろう。
「うう、その映像の使用料をとりたい……」
「いくらでも払ってやる」
 くく、という低い笑い声と共に返されてドクターは肩を落とした。話がこじれず進んだことに担当の男が安堵の息を吐いた気配がする。
「ほら、お前はこっちだよ」
 気を取り直したように男は鎖を緩く持ちあげると、若い獣を部屋の隅に誘導した。そこにはいつの間にか彼がリラックスできるスペースが作られていて、玩具のようなものまで散っている。きっといつも彼が遊んでいるものなのだろう。大きくなったとはいえまだまだ遊ぶことを主としていることが分かる。そんな彼にこれから、交尾の様を見せるのだというギャップに思わずドクターはどきりとした。
 彼は居心地を確かめるように数度スペース内を往復すると、優雅にそこへ体を横たえた。長い尾をくるんとさせて自分の口元まで持っていく。
「寝てはだめだぞ」
 シルバーアッシュの声にぐりんと耳が動いた。果たして彼は理解しているのだろうか。これから目の前で起こることを。
「それでは旦那様、私はあちらで」
「ああ」
「ドクター、どうぞよろしくお願いします」
 これからやる行為を思うとなんだか変なやりとりだ。でも逆に少し羞恥心が薄れる気もする。これは実験みたいなもの。動物行動学にまつわる実験…  そう自分を納得させるしかない。ドクターは腹をくくった。




「さっさと終わらせてくれよ、恥ずかしいから」
「言うではないか」
 恥ずかしいと言いつつも男らしくばさっとバスローブを脱ぎ落としたドクターは、マットレスの上にうつ伏せで横たわった。
「今日はずっとその体勢でいろ」
 そう言いながら同じくバスローブを脱ぎ落としたシルバーアッシュが覆い被さってくる。なるべく性器が見えないようにと羞恥心からこの体勢を選んだのだが、どうやら正解だったらしい。

(そういえば、哺乳類の多くがこの体勢で交尾するんだったか)

 ドクター個人としては、相手の顔が見えない体位はあまり好きではなかった。何せシルバーアッシュの美しい顔はドクターのお気に入りだ。常に自信に満ち溢れ隙のない笑みを湛えた男が唯一自分にだけ見せる感じ入った顔。ひどい快楽に苛まれながらも、その表情をしっかりと味わうのがドクターの密かな楽しみでもあるのだ。だからそれが見えない 後背位 バック はそんなに好きではない。

(負担は少ない割に深く 挿入 はい るから、それは、いいんだ、が……っ!)

 余所事を考えていたのがバレたのか、むき出しの肩に突然ざり、とシルバーアッシュの舌が触れた。そのまま唇と舌が肩から首筋をなぞり、耳たぶを戯れにしゃぶる。
「っ……ぅ、ちょっ……」
「早く終わらせろという話だったが、手本にならなくてはやる意味がない」
 耳孔に艶やかな低音を押し込まれる。手本。そうだ、これの目的は「交尾」を見せること。ということは今日はユキヒョウが、獣が、やるようにセックスするということだろうか。
「自然な交尾に見えるよう、会話は最小限に。だが……」
「んぁっ!」
 普段は露にしないせいでドクターは首周りの刺激にいたく弱い。そこに強く吸いつかれて、思わず口から喘ぎが飛び出る。
「それでいい。そういう声は抑えるな」
「なんっ、で、ぅっ……んぅ!」
「彼らは交尾中に良く鳴く」
 喘ぐことも手本になると。そう言いたいのだこの男は。
 示されたのはシンプルなルールだ。後背位で交わるが、言葉は交わさず、快楽には従順に反応する。早く終わらせるにはこの決まりに従うしかない。微かに頷いたドクターの動きを確認すると、シルバーアッシュは本格的に行為を開始した。まるでグルーミングをするように背中からうなじまでを舌が舐め上げていく。ドクターの体はただでさえ石棺の影響で体毛が少なく、種族的な意味でも毛づくろいするほど毛は生えていないが、まるで目に見えない産毛すら拾うかのように、丁寧に舌が動いていった。普段はこんなに意識がはっきりしている時にじっくりと肌を舌で愛されることはない。舐められることはあるが、大体かなり盛り上がった後半戦にされることが多いのだ。慣れない刺激。熱い粘膜が触れるたびにぞわぞわとした快感が体中に伝わって、背が震える。
「んっ、ふ、ひぁっ、く、くすぐった……」
 グルグルと喉を鳴らしながら自分の体を舐める雄。やはり、これは獣には大事な行為なのだろうか。交尾前の儀式なのかはたまた雌の気持ちを高めるためか。もしくは、まるでこれから体を暴くことを許してほしいとでもいうような懇願にも近いかもしれない。それほど、丁寧に、身体の隅々を舐められる。ざりざり、と頬にまで到達したそれに思わず顔を傾けると、唇があっという間に奪われた。
「ぅむっ、ん、ぁふ、むぐっ……え、えん、お……ぷはっ」
 まるでこのまま食われてしまいそうなほどの深い口付け。ユキヒョウはキスしないだろ、という言葉は混ぜ合わせた唾液と一緒に飲み込むしかなかった。ギラついた視線が体にまとわりついている。

(本当にこのまま、するんだな)

 情欲の炎が燃え盛る瞳を見てドクターはぴったりと閉じて四つん這いについていた膝をゆっくりと横にスライドさせていった。脚が、ジワジワと開いていく。それはまるで愛情深いグルーミングを受けた雌が交尾を了承したかのような動きだった。雄を煽るにはそのわずかな動きだけで充分だったらしい。グルル、という唸りが耳からつたって脳を痺れさせる。いつもと違うシチュエーションに興奮しているのはドクターだけでは無かったのだ。
 腰を高く上げると、すぐに大きな手が尻に食い込んだ。そのまま割り開かれて、薄まっていた羞恥心が復活する。ユキヒョウは勿論ローションなどは使わないし、慣らしの行為もしない。だが男同士の性行為は段階を踏む必要がある。放っておくとすぐに慎ましやかに閉じてしまうドクターの窄まりにシルバーアッシュが触れた。指の腹でかたさを確認するように撫でると、そこがふっくらと柔らかくほどけているのに気付き低い笑い声をたてる。その響きには「一人でもここをいじっていたのか」というニュアンスが含まれている気がした。獣の交尾なのだから会話も最低限に。ドクターはそのルールを破って早口で言い訳をしたくなったがぐっと我慢した。
 ユキヒョウの目にもなるべく自然にうつるように、グルーミングの一環として舌で体を舐め上げながら、シルバーアッシュが指でドクターの後孔をしっかりとほぐしていく。先ほど仕込んだローションがぐちゅぐちゅと水音をたてた。久しぶりの夫からの愛撫を甘受しながらドクターがちらりと部屋の隅に目を向けると、若い獣は自分の前脚をぺろぺろと舐めていた。スタジオの温度は確実に上がり始めているが、どうやら彼はリラックスして思うままに過ごしているようだ。ドクターの視線を感じたのか、涼やかな瞳がくりっと動いた。

(そうだ、ちゃんと見てくれ……。君が見てくれないと、体を張った意味がなくなる)

 ユキヒョウの視線が動いたのを見てシルバーアッシュが指を追加し、ドクターの弱いところをぎゅうと挟んだ。
「ア゛っ!ん……ぐぅ、っ……」
 ドクターが上げた獣じみた声に反応して、ふわふわの耳がしびびと震える。好奇心を擽られたのか、じっ、と視線が固定された。ずるりと指が引き抜かれる。
「はっ……は…♡ うっ、く……」
 ドクターの喘ぎ交じりの吐息と、シルバーアッシュの唸り交じりの吐息。二つの熱い息が絡み合ってスタジオの熱気が作り出されていく。脚の間に凶悪な存在を感じて、ドクターは無意識に腰を逃がした。もう準備は万端だ。今なら「彼」もしっかり見ている。早く終わらせるためにはさっさと受け入れるべきなのだが、いつもよりも低い唸り声に少し怯えが出た。僅かばかりの理性が、邪魔をしたのだ。抵抗したとして、敵うわけもないのに。
 逃げるようにドクターは前に手を伸ばした。だがすぐに上からシルバーアッシュの手が覆い被さる。そしてそのまま長い指が差し込まれ、手がしっかりと繋がった。まるで錠のようにがっちりと固定されてもう動かせない。手だけではなかった。今更逃げ出そうとする つがい を、シルバーアッシュはいつもよりも体重をかけてのしかかることで、しっかりとマットレスの上に縫い付けた。
「ひっ……ぁ」
 無防備にひくひくと開閉するそこに、あつくてかたい、切っ先が押し付けられた。潤んだ肉環は、ドクターの心とは裏腹に愛しい雄の熱を歓待している。あと一呼吸の間に、きっと途方もない衝撃がやってくる。そしてそのあとに自分を狂わせる快感に襲われるのだ。それを想像して、ドクターの背がぶるっと震えた。早く終わらせたいから挿入れてほしい。いややっぱり見られながらは恥ずかしい。手本がどうとかは関係ない、寂しい穴をいますぐ埋めて欲しい。色々な感情が心中を駆け巡った。
「ぁあ゛っ————!!」
 ずぐん、と入ってきた久々の熱杭は恐ろしいほどの質量に感じた。はち切れんばかりの肉はドクターのナカを満たすと、柔らかな壁がすぐに馴染むのが分かっているのか、性急な動きを開始する。いつもよりも、荒っぽい律動は、これが獣の交尾を意識しているからかもしれない。
「う゛っ、ぁぐっ……、ン!ンっ」
 一突きごとに細い背が反る。押し潰されて力を逃がせないドクターは、容赦のない責めにただただ屈するしかなかった。ひたすら襲い来る快感に溺れる。
「ア゛ぅ♡ んぐっ♡♡ ふっ……ア゛ぁッ♡」
 肉壁をこそがれ、敏感なところを潰される。引き抜くギリギリまで遠のいたと思ったらすぐにまた挿し込まれ、勢いで最奥まで先端がめりこんだ。
「ア゛————————ッ♡♡」
 ああ、馬鹿になってしまう。いつだって、この男とのセックスは脳髄を焼かれるのだ。言葉を禁止されずとも、こうなってしまっては何の意味もない声しか出せない。シルバーアッシュの腰が前後する度、最奥の肉環からぐぽぐぽという音が上がる。そしてそれと同時に尋常じゃない叫びがドクターの口からも零れていく。
「ん、ひっ♡ あ゛っ♡♡ ア、アアっ♡♡ う゛ぅ~~~っ♡」
 そこそこの広さがあるスタジオに獣じみた嬌声がわんわんと響く。
「……っ、く……はっ……」
 シルバーアッシュが腰を揺する度、ドクターの耳元に艶やかな吐息が掛かる。この吐息はズルい。 おっと の興奮を感じ取って胎がきゅうきゅうと悦んでしまうから。
 悦んでいるのは胎だけではない。しっかりと勃ちあがった陰茎も解放の時をいまかいまかと待っていた。揺さぶられるままずりずりとマットレス上を何度も往復したせいで、ドクターの陰茎もマットレスももはや先走りなのか潮なのか分からない液体でぐっしょりと濡れている。だが、これだけ刺激を受けているのにドクターのそれは雄としての解放は許されていない。それもまた自分が雌になってしまう恐怖を感じる一因だった。
「ひいっ♡ も、もうっ♡♡ むり……ぃ!アッ、アアッ♡」
 肉と肉がぶつかる音、淫水が混ざり合って泡立つ音、泣き叫ぶような嬌声。これらも全て録音されているのだろう。
 ふと、ぼやけた視界に銀色が映った。視界を少しでもクリアにしようと、ドクターが無意識に瞬きをするとぱたぱたと快楽の涙が散る。
「ぁ……?」
 目の前にいた銀色の正体は「彼」だった。尋常じゃないドクターの声に、心配したのかはたまた興味をそそられたのか、いつの間に部屋の隅から移動してきていたらしい。焼け焦げた脳髄の奥、ほんのちょっとだけ残っていた理性が働く。じっと見つめてくる視線を受け、ドクターはぎゅっと唇を噛みしめた。
「っ……♡♡ ぅっ♡♡」
 必死に声を我慢していると、ぺろり、と頬を舐められる。シルバーアッシュの舌と似てはいるが、もう少し獣じみたざらつきが多い。どう見てもそれは性愛というよりも親愛の色が滲んだ労りの動作だったが、交尾中の雄の機嫌を損ねるには充分だったらしい。上から聞いたことのないほど低い唸り声がして、ドクターの胎がまたきゅうんと震えた。グルル……という威嚇の声にユキヒョウは何かを察したのか長い尾を揺らしながら部屋の隅に戻っていった。特に気分を害した様子はなさそうだが、先程より目が爛々としており体を横たえた後も視線はしっかりと番う二人に向けられていた。
 おじゃま虫を遠ざけて機嫌を持ち直したらしい男に、大人げない、とひとこと言ってやりたかったが、口を開くわけにはいかないのでドクターはそっと目を伏せて気持ちをやり過ごした。うっすら血の味を感じるころ、気付いたシルバーアッシュの指が咎めるように唇に触れた。ぎゅっと更に噛みしめるが、その抵抗を崩そうとぐりぐりと腰を押し付けられる。
 だめだ。そこは、弱いんだって。
 泣きどころを責められてドクターの唇はあっさりと陥落した。二本の指で、くぱりと開かされてしまう。抗議したくとも上から押し潰されていては振り返ることもできない。口が開いたのを見計らったようにずん、と奥に切っ先が押し付けられた。
「ぁあ゛……っ!……ぅっ」
 再び上がった嬌声に満足したのか銀の尾がゆらゆらと動く。
「そこで、しっかり見ておけ。これが番の交尾だ」
 若い獣に向かって、そう言い放つと律動が激しくなった。ドクターの顔はもう涙や汗や唾液でぐちゃぐちゃだった。肉と肉が擦れ合い、互いに途方もない快感を与えながら、高みにのぼっていく。
 もう限界だ、いや限界の先まで来ている。脳内がその言葉でいっぱいになった頃、押し付けられる逞しい腰が、僅かに震え始めた。

(ああ、もうそろそろだ)

 真っ白に焼けた視界の中でドクターは夫の射精間近の癖を感じ取って、ひっそりと笑った。もし、この笑みをシルバーアッシュが見ていたら思わず熱を暴発させてしまうだろう。それほど、それは淫らな笑みだった。
 ぐぽん、と肉環にハマった切っ先が更にその奥の敏感な肉壁に到達する。ぐじゅりという感触にドクターはびくんびくんと体を痙攣させると、ピンと四肢を緊張させ雌の絶頂に至った。
「ア゛っ♡ ん゛っ♡♡ んんっ♡ ひっ♡ あああア————っ♡♡♡」
「っ……くっ、ぅ゛……」
 断続的に柔らかい肉にしぼり上げられ、シルバーアッシュも熱を解放する。熱い奔流が内部に叩きつけられて、その衝撃でドクターのペニスも精を噴き出した。
「ぁ♡……はっ♡♡ ひっ、い♡♡」
 射精に合わせて、ずん……ずん……とゆるやかに押し付けられる腰。最後の最後までしっかりと注ぎ込む、その念入りな動きも、いつもよりどこか大袈裟に感じる。白飛びした頭で、そうだ、これは交尾の手本だったっけ……とドクターは思い出した。押し付けるような律動から、今度は塗り込むような、円を描くような動きになる。これも、いつもより大袈裟な動かし方だった。
「あうっ♡♡ イっ……た、ばかりだから、ぁ、ぐりぐり、やめ……」
 思わず言葉を発し、後ろに手をやって、意地悪な動きを続ける腰を止めようとする。だが、勿論抵抗は意味をなさなかった。再び体重をかけ、マットレスに深く押し付けられる。圧が強まった結合部からぐちゅりと白濁が滲んだ。
「一度で、終わるとでも?」
 射精後の余韻を感じる、掠れた低い声。ユキヒョウの交尾がどれくらい続くのかなんてあの資料にのっていただろうか。必死に思い出そうとしていると、首筋に噛みつかれて思考が止まる。
「ひっ♡♡」
「お前が孕むまで、種付けをしてやらねばな」
 その言葉と共に、再びかたい熱棒が胎をかき混ぜ始めた。

(こんなの、子宮があったらもうとっくに……)

 ユキヒョウの出生率が低い理由は他にあるのではとぼんやり思いながら、ドクターは愛しい つがい に屈服して体の力を抜いたのだった。




 結局その日ドクターは気を失うまで抱き潰されたので、あのユキヒョウ担当の男と気まずい顔をつきあわせることにはならなかった。直接見られることはなかったとはいえ、彼は録音ブースでモニタを確認しながらしっかりと性行為の音を録音していたわけだから、もうほぼ見られていたことと変わりはない。恐らく、シルバーアッシュ家縁の者だから特別に許されたのであって、これが本当の第三者ならば「見た」ことでとっくに処されているのだろう。それほどシルバーアッシュの独占欲は強いのだから。
 後日、シルバーアッシュからのメールで録画されたデータの扱いについて説明がされた。映像はシルバーアッシュの管理下に置かれ、今後ユキヒョウに見せる場合も彼のみが付き添うのだという。つまりあの破廉恥なあれそれは夫とユキヒョウしか見ないから安心しろ、という意味合いらしい。
「いや、それでも恥ずかしいもんは恥ずかしいんだけど?!」
 淡々と説明されたメールの文に怒りをぶつけながら、ドクターは返信画面を開いた。 つがい でも言うことはきちんと言ってやる。その思いで勢いよくキーボードを叩いていく。メールの件名は勿論こうだ。

『映像の使用料について』。

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