Adagio

 息抜きと称して執務室を出たものの、特に行く宛てもなかった私は廊下で暫し立ち止まった。ポケットに両手を突っ込みあらぬ方角を見ながらぼーっと立ち尽くしている私の横を、何人かの職員が不審な目を向けるでもなく通り過ぎていく。
 ここにいる大抵の職員は普段から理性を無くした私の奇行に慣れきっているので、ちょっとやそっとのことでは「大丈夫ですかドクター?」なんて声はかけられない。慣れとは恐ろしいものだ。
 時間にして五分程度だろうか。廊下での思案にも飽きたので散歩でもしようとひとまずエレベーターホールへ向かう。壁に貼られたフロア案内を眺めながら、どうせなら普段あまり足を踏み入れない場所に行こうと思いついた。
 エレベーターに乗り込んでB3と書かれたボタンを押し込む。下へ引っ張られる様な独特の感覚を楽しみながら、テンポよく切り替わる数字を目で追った。エレベーターに乗ると皆顔を上げて階数を凝視するのはなぜなのだろう。とりとめのないことを考えているとポーンという軽快な音ともにドアが開いた。
 最近拡張されたばかりの地下三階はまだ完成とは言えない状態なのか、壁はコンクリートむき出しのまま、床には所々保護材が残っていた。細かいところの装飾は後回しにして、ひとまず施設の充実を優先させたのだろう。福利厚生のための娯楽施設がいくつかあるとの噂だ。
 壁に直接印字されているフロア案内図を眺めると、右側のエリアにある防音室が目に付いた。他の施設よりも数が多い。大小いくつか備えられているのはCEOの趣味なのか、はたまた何か別の理由があるのか。大した記憶を持ち合わせていない私が考えても仕方の無いことだが、その充実っぷりが気になったのでどんなものか覗きに行くことにした。
 まるでホテルの部屋のように番号が振られた防音室は、それぞれ部屋の雰囲気も設備も微妙に異なっていた。音楽に詳しくない私でも、扉を開ける度この部屋にはクラシックの曲が合うな、こちらはギターやドラムが合うなと分かるほどだ。ヴィグナもここに通っているのだろうか。小さなサルカズの少女を思い浮かべながら、ロックテイストの部屋から出て電気を消し扉を閉める。
 さて、次の部屋はどうだろうと足を進めるとドアの小窓から光が漏れていた。使用中なら勿論邪魔をする気はないが、誰が使っているのか興味はある。通りすがりにチラッと見るくらいなら許されるだろうと顔は動かさず、視線だけ横に向けて部屋の主を覗き見た。
 そこには、弦楽器を携えて座る男が居た。肩を流れる灰色の髪、戦場で鋭い輝きを放つ金の瞳は伏せられている。勿論音は聞こえない。だが肩の動作から演奏しているということは分かった。
 自然に通り過ぎる予定が思わず足を止め見入ってしまった。そんな私に気付いたのか、窓越しにぱちりと視線が絡み合う。窓の向こう側で口ひげを貯えた口が『ドクター』を形作った。
「将軍、邪魔したよね。すまない」
 手招きされ入り込んだ防音室は木目調の床と壁一面の鏡が特徴的な部屋だった。広さは大人四人が楽器を弾ける程度だろうか。天井が他の部屋より高い。
「丁度休憩するところだった。こんな所で会うとは珍しいな、ドクター」
「息抜きに散歩をちょっとね。珍しいといえばあなたこそ、楽器を弾いてるなんて……この弦楽器は私物?」
「いや、ロドスから借り受けたチェロだ。演奏会の件は知っているだろう」
 彼が片手で軽く持ち上げたそれ―チェロというらしい―は暖色の照明を受けて艶やかに輝いた。私のような素人でも一目見て質の良さが分かる光沢感。こんな逸品を用意できるロドスという企業の底の知れなさにももう慣れてしまった。
「アーミヤが張り切っていたよ。聞けば意外と楽器経験者が居るとか。まさか天下の将軍が『編成』入りしていたとは思わなかったけれど」
 ヘラグは弓を傍らのテーブルに置きながら低い声で笑った。この部屋はいつもより彼の声がよく響く。
「昔、ほんの手慰みにやっていた程度だがそれでもいいと言われたのでな」
「欠片も弾けないものからしたら、楽譜が読めるだけでも憧れるよ」
 普段は刀を握る指が楽譜を静かにめくるのを眺めていると、視線で近くの椅子に座るよう促された。どうやらまだここに居ていいらしい。
「貴重な将軍の演奏を、私が一足先に聞いてもいいのかな」
「逆だ、ドクター。もし今日会えていなくても、私は誰かに披露する前に貴殿を呼び出しただろう」
 時折、このリーベリの男は涼し気な顔でこのように熱っぽいことを言う。戦場でも平時でも百戦錬磨のこの将軍はいい年をした男を少女のように照れさせる天才なのだ。勿論、誰にでも言うわけではない。
 この年上のリーベリと私は所謂そういう関係だ。そういう関係なのだが、私は今の今まで彼がチェロを弾けるということを知らなかった。そもそも付き合いが長いとは言えないし、彼と私では人生の厚みが違いすぎる。互いのすべてを共有することなんてすぐには無理だ。それこそ思春期の少女じゃあるまいし、『わたしの知らないあなた』に一々目くじらを立てるわけにはいかない。
 先ほどの言葉は、つまりはそういった私のちょっとした葛藤も見込んでの言葉なのだ。全く適わないにもほどがある。
 降参の意をこめて大げさに肩をすくめてみせると、ヘラグは再び弓を手に取った。ヴィ……ンと弦が鳴る。想像よりも少し低めの艶やかな音色が部屋の空気を震わせた。その振動を体全体で感じたくて私は全身の力を抜いた。
 彼の指先が細かく震えながら動くたび、弓を傾けるたびに音色が美しく変わっていく。芳醇な酒に頭まで浸かっているような多幸感に思わずため息が漏れた。
 わずか数分間の演奏だったが、私はすっかり彼の演奏に蕩かされてしまった。



 余韻を残しながら終了した独奏に、私は惜しみない拍手を送った。
「……どこが手慰みなんだ? 素人の私でもあなたの腕前が相当なものだってのは分かる」
「他でもない貴殿にそう感じてもらえたなら、錆びついた腕でも披露した甲斐があるというものだ」
 まだ耳に彼の音色がこびり付いているのか、今では彼が発する声にすら感じ入ってしまいそうだ。
「この楽器の低音は貴方の声に似ているね。少し震えて響くところとかとても……」
 不思議な高揚感のまま言葉を続けようとしたが、静かな熱を湛えて見つめてくる金の瞳に息を呑む。弓をテーブルに、チェロを椅子にもたれかけせるように置くと、ヘラグは私の元まで近付いた。慣れた手付きで私のフェイスシールドを外す。まるで宝物を覆うガラスケースを取るような恭しさだが、現れるのは少し興奮して赤くなった凡庸な男の顔だ。シールドをテーブルに置くと彼は私の前に跪いた。
「とても?」
 さっきまで繊細に動いていた指が私のかさついた唇を撫でる。先を促す声が耳を震わせて、びくり、と体も微かに揺れた。
「ぅ……あ、」
 彼の指が動くと、私の口から堪えきれない音が漏れる。決して性的な動きではないのに、さっきまでの演奏風景がフラッシュバックして、情感たっぷりにチェロを爪弾く彼を思い出してしまう。
 唇から耳へ指が滑る。耳たぶを指で嬲られるたびに私は小さく喘いだ。彼が触れる度に音を出すなんてまるで楽器じゃないか。
 赤く染まった私の耳に唇を添えて駄目押しとばかりに直接声を吹き込む。
「教えてくれ、ドクター」
「ひ、」
 まるで絶頂したときのように一際大きく震えてしまった私を見て満足したのか、少し悪戯っぽい笑みを湛えて彼は離れていった。
「っふ、その、とても……艶っぽい音色だったよ……」
 なんとか絞り出した続きを聞いて彼は満足気に頷いた。
「ドクター、貴殿は感受性が豊かなのだな。芸術を受け止める素養がある」
 寸評に寸評が返されて私は疑問符を浮かべた。
「先程の演奏、ドクターを抱いているつもりで私はチェロを弾いた」
 ずり、と椅子から体が落ちそうになるのをなんとか留める。声色から察するにどうも冗談ではなさそうだ。
「……演奏会ではやらないと誓って」
「ははは、勿論だとも。この演奏は貴殿の前だけだ」
 壁に立てかけてあった黒のケースにチェロをしまうと、彼は私に手を差し伸べた。
「あなたの演奏はまた聞きたいけど、今度はもう少し、その…色気を抑えてくれると嬉しい」
 でないと毎回私の腰が砕けてしまう。今もだいぶ危うい。それを承知で彼は手を貸してくれているのだろうけど。
「それは慣れが必要だな、ドクター。練習ならいつでも付き合おう」
「……今夜、空いてる」
 差し出された自分よりも大きな、武骨な軍人の手を取る。言外に滲み出たお誘いの雰囲気を読み取って、私は素直に今晩の予定を口にした。いつもこうだ。結局最後には私の方から誘うことになる。こういった駆け引きに不慣れな私は将軍の手の中で優しく転がされてしまうのだ。
「激しい練習は困る、から。ゆっくりめで、お願いしたい」
 転がされるにしてもリクエストくらいは許されるだろうと、口にした提案。彼は私の手をひいてゆっくりと立ち上がらせた後、返事の代わりなのだろう、握った手にそのまま口付けた。






 彼と出会ってから、私は自分の口の中が敏感なのだと気付いた。将軍はその落ち着いた風貌からは想像がつかないほど情熱的なキスをする。大きな舌で上顎をゆっくりと辿り、内頬をぐるりと撫で回すように舐められるとそれだけで私の息は絶え絶えだ。口の大きさも違うから、このまま食べられてしまうのではないかという錯覚に陥る。
「ん……む、ぁふ、っ」
 じゅっと音をたてて舌を吸われ、食まれ、口の中が彼でいっぱいになる。そろそろ許容量を超えそうだ。こく、と喉を鳴らすとそれが合図かのようにゆっくりと口から舌が出ていった。
「は、っ、ぁ……はぁっ、はぁ、」
 執務室の隣に続く寝室。二人でベッドに腰掛けて触れ合う時間。昼間の防音室ほどではないが、狭い分ここも声が響いてしまう。
 必死に息を整える私の背中を大きな手がさすった。あたたかさがじんわりと広がる。
「っふう……ごめん、もうだいじょぶ……」
 つい、と顎をとられて今度は触れるだけのキスが顔中に落とされる。髭が当たって少し擽ったい。
 ゆっくりで、とリクエストはしたがもともと彼は急くこともしなければ強引なこともしない。ただただ私を愛おしむようにだいじにだいじに肌を合わせる。自身の欲よりも私のことを優先するのだ。
 何度目かの交わりのあと、そのことをやんわりと指摘してみたが彼は体力や年齢を引き合いにだしてぼやかした。確かにロドスにいるオペレーターたちの中では彼は年嵩だろう。だが彼の体力は年齢を全く感じさせないものだと思っている。それは戦場での働きを見れば一目瞭然だ。だから、年や体力は関係ない。恐らく彼は、私に合わせているだけだ。一般成人男性の平均にも満たない私の体力に合わせて、毎回ゆるやかなセックスをしているのだ。
「練習中に考え事はいけないぞ」
 そう言って首筋に唇が落とされる。いけない、悪い癖がまた出てしまった。耳の下から首筋を通り鎖骨をなぞっていく唇に意識を集中させる。いつの間にか上半身は脱がされ、むき出しの肩にも唇が触れていく。ちゅ、ちゅ、と微かな音を立てて移動するそれがとうとう胸まで到達すると、私は視線を泳がせた。ノーブルな彼の唇が私の体を味わうところは何か、偉大な人にとんでもないことをさせている気分になってしまって直視できない。
 いつもなら視線を逸らすことも許されるが今日は練習という名目があるためか、将軍は私の頬に手を添え顔の向きを戻した。
「ちゃんと見るんだ。慣れるための練習なのだろう、ドクター」
 優しいが有無を言わさない声音で言われて私は頬に熱が集まるのを感じながら頷いた。将軍の舌が私の胸の先端に触れる。続けて唇で挟まれて思わず声をあげた。
「んんっ、ふ……」
 空いている手でもう片方の乳首も弄られる。昼間は弦を爪弾いていたあの指が、今は私の胸に触れている。指の腹ですり潰すようにこねられ、私は思わず口を手で押さえた。視覚からの情報が加わって、いつもよりも感じてしまう。だが、彼は見逃さない。粗相をした子供をたしなめるようにゆっくりと手を掴むと、口からひき剥がした。
「聞かせなさい」
「……っ、でも、恥ずかし……」
「私の手で、貴殿を鳴らしたいのだ」
 瞬間、昼間のチェロが脳裏に浮かんだ。彼の手の中で美しい音色を響かせていたあの楽器。
「あっ、ん、んん、うぁ、」
 指の動きに合わせて喘ぐ私を満足そうに眺めながら、まるで弦を震わせるように丁寧に私の胸に触れる。
胸だけで散々私を『鳴らした』あと、彼は指を下へうつした。
 胸をつたって臍のまわりをぐるりとなぞる。つぷ、と入り込んできたその動きにすら今日は感じ入ってしまう。まるで全身が性感帯になってしまったかのようだ。
「ん、へそ……だめ、だ、なんか」
 動きでどうしても私の後ろをほぐしているときを思い出してしまう。もぞ、と両足を擦り合わせて淫らな想像をやり過ごすが彼が見逃すはずもなかった。いつもよりも早く反応を見せている私のものに気付いた彼が、下衣を手早く引き抜く。すっかり興奮を示しているものを大きな手がすっぽりと包んで丁寧に愛撫していく。それを私はしっかりと両目に映さなければいけない。
 長い指がからまる。使い込まれて硬くなった手のひらが、下から上へ擦りあげていく。
「ぁっ、あっ、だめだ、将軍、っひぁ」
「何が駄目なのか言ってみなさい」
「あ、あなたの、手を、そんなことに、アッ、使わな……」
「余程、昼間の演奏が貴殿には神聖に映ってしまったかな」
 いつものように身を任せるんだ、ドクター。ビロードのような耳障りのいい低い声が囁く。昼間の官能的な音色を思い出して肌がざわめいた。先走りをまとわりつかせながら扱きあげられ、私は呆気なく熱を放った。
 いつもより早く極まってしまったことが恥ずかしく、私が彼と目を合わせないでいると優しい口付けがまた顔中に降って来る。まるで小さな羽獣が啄むようなそれに、思わず笑ってしまう。彼はリーベリだが決して羽獣とは言えない。むしろ大きな獣だ。
 金の目をもつ獣は、私をベッドに優しく横たえると自分の衣服を脱ぎ落とした。鍛え抜かれた肉体が眼前に披露される。あちこちに彼の、戦闘経験の長さが感じられる体。
「……あなたの体は、まるで体全体が、長い歴史を持つ武器のようだね」
 その見事な体躯を目にして思わず、熱に浮かされたように呟いてしまう。そんな私に微笑みながら彼が口を開く。
「古い武器がまだ使えるかどうか、貴殿が試してくれ」
 私は再び頬に熱が集まるのを感じながらゆっくり頷いて、自分の両足を抱えた。両足を開き抱えたあられもない状態で、尻の狭間を彼に晒す。
 しっかりと温められたローションがとろとろとそこをつたっていき、それを追いかけるように親指が輪の縁をなぞる。周辺にローションを塗り込むとつぷ……と指の第一関節が入ってきた。
「っ、ぁっ」
 受け入れることに慣れてしまったそこは喜んで迎え入れてはきゅうきゅうと締めつける。ローションを継ぎ足すたびに指が増えていった。三本の指が丁寧に丁寧に私の中を拡げ、ほぐしていく。
「んっ……っ、ふっ、いつもより、なが、いね……」
「チェロと同じだ。貴殿を美しく奏でるためには調弦が大事なのだ」
「ははっ……ぁっ、んん、なにそれ、うぁ」
 また彼の指に『鳴らされている』。快楽に霞み始めた頭で私はそう思った。もう、それで良かった。私は彼のものなのだから。
 彼の言う調弦が終わった私の中に、ゆっくりと入ってくる熱。私の様子を伺いながら進んでいく長大なそれを、全ておさめきることは出来ない。いつも根元の手前で彼は止める。その時点で私の中はぱんぱんだから、彼の見立て通り私の薄い腹ではここが限界なのかもしれない。
「っ、はっ、ふ、」
 圧迫感と快感でうっすら涙の滲む目元に彼が吸い付く。そのまま頬をつたって唇に移動し、深く深く口付けられた。いつもこうやって私が落ち着くまで、抱き合うのが私たちのルーティンだ。
 でも今日は、いつもより早く胎の奥がざわめき始めている。早く、熱でかき混ぜて欲しい。突いて欲しい。明確な欲が私の体をかけ上っていく。
「ぁ、……は、もう、大丈、夫だからっ」
「いや、まだ馴染んでないだろう、もう少し……」
 後頭部をあやすように撫でられるが反抗するように私は足を彼の腰に絡めた。意識して中の彼をしぼり上げるようにしめつける。
「……っ、ドクター」
「だいじょうぶ、なんだ、ほんとに、っ、だから早く」

 私を、鳴らしてくれ

 必死の思いで彼の耳に声を吹き込む。獣が、金の目を微かに細めた。
「ぅあっ、ぁ、っ、はっ、アァっ!」
 ぎっしぎっしと軋むベッドの上。彼はその大きい手で私の腰を掴み、激しい水音と共に私の中を暴いている。自分の内壁が彼の熱をあますことなく舐め上げ、しぼりあげているのを感じるがもうここまでくると自分の意思は関係ない。本能で彼を求め、受け入れる。私は視界の端で自分の足が力なく揺れるのを眺めていた。熱い先端がごりごりと中を擦り、私の好きなところを押し潰していく。
 いつの間にか達していたらしく、自分の精液で濡れた腹に手をやり、なぞる。熱を放ったことで少し霞が晴れた頭は、ふと、いつも彼が私のことばかり優先しているのを思い出した。
「しょう、ぐん、あなたも、もっと気持ちよくなって」
 私が射精したので律動をやめていた彼は、少し驚いたように目を瞬いた。
「充分よくしてもらっている」
「……もっと、感じてるあなたを見たいんだ、どうすればいい?」
「ドクター」
「練習、なんだろ……私、なら大丈夫だから」
 たしなめるような声が狭い部屋に響いたが私はめげずに続けた。なんとなく、今を逃したらこれからずっと、変わらない気がしたのだ。
 いまだ中にいる彼自身をきゅうとしめつける。
「あなたを、全部くれないか、ヘラグ」
 泣きそうな声で言ってしまったという自覚はある。そしてこの声に彼が弱いこともわかっていた。
「……貴殿がそう望むなら」
 観念した彼の腰がずっ……と明確な目的を持って動く。既に限界に到達しているはずのところより、更に奥。自分の腹が本当に彼を全て受け入れられるのか正直分からない。でも、とにかく今は彼の全てを自分のものにしたかった。
「っぁ……っ、か、はっ」
 彼の下生えを尻の狭間に感じたとき、確かに、途方もない圧迫感と苦しさが全身を包んだ。だが、それよりも充足感の方が上回った。
 無意識に私の最奥は彼の先端をねぶっているようで、私が腹を上下させるたび覆い被さる彼が何かに耐えるような顔をする。
 私の目からは生理的な涙が溢れ、喋ろうとしてもなんの意味もない音しか発せない。圧迫感を浅い呼吸でやり過ごしながら、震える手で私は自分の腹を撫でた。
「は、はは、うれ、し……」
 やっとの思いで絞り出したその言葉と、私の仕草に中の熱がずくんと反応を見せる。少し、照れたような表情を見せる彼に私は不格好な笑みを返した。
 そこからは、あまり覚えていない。最奥を突かれる初めての衝撃に、いつもとは違う声―ほぼ叫びに近かったようだ―をあげ続け、それでも必死に熱に食らいついた私はなんとか彼を絶頂におしあげることが出来たらしい。熱い奔流を一番奥に受けて気を失ったのはまぁ、仕方の無いことだろう。
 ホワイトアウトする直前に見たのは、戦場でも滅多に汗をかかない彼が、額に汗を滲ませて高みに昇る顔だった。






「次はもうちょっと頑張るよ」
 翌朝、目覚めた私の第一声に彼は低い笑い声を添えながら頬に口付けた。
「一度で完璧になることはない。日頃の鍛錬と同様さ。積み重ねが大事なのだ。演奏も戦闘も」
 私の前髪を優しく梳いてくる手を捕まえる。大きくて傷や皺の浮かぶ彼の生きてきた長い年月を伝える手。刀を握ろうが、チェロの弓を握ろうが彼の根っこは変わらない。
「私も、楽器をやってみようかな」
「私でよければよろこんで教えよう」
「本当? 嬉しいな。あ、でも昨日みたいな演奏はだめだからな」
「さて、昼の部と夜の部、どちらの演奏のことかな?」
 途端、昨日の艶めいたシーンがぶわっと蘇って私は言葉に詰まった。小さい声で両方、とつぶやく私に彼は喉を震わせて笑う。
 狭い部屋に上質な音色が優しくゆるやかに響いていた。


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